「日本のバブル」とは、いったい何だったのか バブルが発生するための「2大原則」とは?

東洋経済オンライン / 2017年5月20日 8時0分

「ジュリアナ東京」がオープンしたのは、株価のバブルがはじけて、しばらくしてからだった(写真:Fujifotos/アフロ)

■なぜ今、「日本のバブル」なのか

現在発売中の『週刊東洋経済』(5月20日号)のメイン特集は「最後の証言 バブル全史」と題して、1980年代後半に起こった日本のバブルを振り返っている。思うに、日本のバブルは、その規模も世界史的レベルであったし、原因・特徴・結果の全てにおいてバブルが備える特徴を全て有していた。投資を考える上でも、経済を理解する上でも、知っておくべき貴重なサンプルである。投資家は、是非、その全貌と本質を理解しておきたい。

株式市場の関係者にとっては、1989年大納会終値の日経平均最高値3万8915円の印象が強烈だ。従って、バブルというと「1989年代末まで」というイメージを持ちがちだ。1990年に入ってから株価が急落し始めて、バブル崩壊がスタートしたが、実は、社会現象としてのバブルはもう2年くらい余韻を保っていた。例えば、かの「ジュリアナ東京」(有名な「ディスコ」。今なら、「クラブ」と呼ぶのだろうが)がスタートしたのは1991年5月のことだった。

最近、バブルの頃を回顧するミニブームが起こっているように見える。國重惇史「住友銀行秘史」(講談社)、横尾宣政「野村證券第2事業法人部」(講談社)のような当事者の証言や、永野健二「バブル」(新潮社)のような当時を知るジャーナリストの振り返りの書籍が、相次いで出版されて、大いに読まれている。著者達にとっては、バブルを巡るエピソードの当事者の多くが、すでに亡くなったり、完全に引退したことなどで、当時のことが書きやすくなった面もあるし、今のうちに記録を残しておかねばならない、といった使命感もあるのだろう。

『週刊東洋経済』の特集は、証券(元野村證券の横尾宣政氏と元大和証券の十亀博光氏が対談されている)、銀行、不動産、金融行政、さらにバブルで深手を負った大企業、そして社会風俗に及ぶ広範なものだが、投資・運用については、十分カバーされていない面がある。

筆者は、バブルの勃興と崩壊の両方の時期を主にファンドマネージャーの仕事をしながら、マーケットに関わって過ごした。マーケットの状況、資産運用業界の様子、一金融サラリーマンとしてのバブルとの個人的な関わりについては、「僕はこうやって11回転職に成功した」(文藝春秋。2002年5月)という書籍にかなり細かく綴ったのだが(転職がメインテーマの本だったが、裏テーマはバブルの記録だった)、折悪しく、この本は現在、版元在庫切れの状態だ(加筆して電子書籍で復刊したいと思っているが、しばしお待ち頂きたい)。

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