「ペットとの別離」をマンガと小説から読み解く 「グーグーだって猫である」を読みましたか?

東洋経済オンライン / 2019年3月1日 17時0分

『東京人』編集長の愛犬ガク(左)と、友だちの小春。雑司ヶ谷墓地にて(写真:『東京人』編集部)

愛する犬や猫との別れは、誰にとってもつらく、悲しい。 私たちは、ペットとの別れをどのように受け止めればいいのか――。 漫画と小説から3つの作品を取り上げ、犬や猫を飼い、愛することを問うてみる。

■残された者の喪失感は、幸福だったことのあかし

いつからだろう、自分の飼い犬のあどけない寝顔を眺めていると、決まって頭に 「かなし」という古語がよぎるようになった。そのふるい形容詞ほど、私のこの犬に対する気持ちをよく表せる語はないように思う。

「かなし」には2種類の漢字を充てることができる。しみじみと可愛く、いとおしいという意味の、「愛し(かなし)」。 現代語にも通じる、 「悲(かな)し」 。そして私は、もう若くはないこの小さな犬を見ていると、どうしても「愛」と「悲」の両方の文字とともに、その3音の響きを想起してしまうのである。

「かなし」におけるこの2つの漢字の共存は、愛と悲しみの必然的な結びつきを物語っているように思えてならない。誰かを深く愛してしまったとき、その存在と過ごす時間が永遠であることを私たちはどこかで願うものだ。

でも恐ろしいことに、誰もがいつかは愛するものと別れる運命にある。別離は当事者の気持ちの変化によってもたらされることもあるが、そうでなくても避けられはしまい。なぜなら、私たちの生命は有限だからだ。「死がふたりを分かつまで」――裏返せば、死はふたりを分かつ。とすれば、愛するということは、未来の別離を無意識のうちに承諾し、やがて訪れる悲しみの経験に自らをすすんで差し出すという、まことに過酷な営みを意味しているのではないか。

その死はいつ訪れるかはわからない。人間同士であれば、幸運な場合は何十年も、いやもしかすると100年近く猶予があるだろう。けれど、もし愛した存在が犬や猫であれば? 彼らはいつまでも幼子のように愛らしいが、人間の4倍か5倍のスピードで年をとり、たった十数年でこの世を去ってゆく。犬や猫と暮らし、彼らをひとたび愛せば、毎日少しずつ近づいてくる別れのときを意識せずにいることは難しい。

漫画家の谷口ジローの代表作のひとつに、『犬を飼う』という作品がある。東京郊外と思われる町に住む中年夫婦と飼い犬の暮らしを、谷口らしい実直な筆致で描いた作品である。示唆的なのはその表題だ。「犬を飼う」という言葉からは、新たに犬と暮らし始める物語が想像されそうであるが、谷口が描くのはむしろその逆である。まるで、犬を飼うことの本質は、その老いと死を見届けることにある、とでも言うかのように、本作では14歳の老犬タムと、その飼い主夫婦が過ごした最後の10カ月間のみに光が当てられている。

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