赤い電車「名鉄」、今振り返る昭和・平成の記憶 パノラマカーやお堀電車…懐かしの写真満載

東洋経済オンライン / 2019年5月1日 7時40分

かつての名鉄を代表する列車、パノラマカー(筆者撮影)

私にとって名鉄は思い入れの深い鉄道だ。前回の東京オリンピックの直前、18歳のときに生まれ故郷の福井県を出て名古屋で暮らし始め、手に入れたカメラで本格的に鉄道写真を撮り始めたのが名鉄だったから、鉄道写真家としての「原点」といえる。

今でもよく覚えているが、最初に撮ったのは「なまず」と呼ばれた流線形の850系だった。当時下宿していた親戚の家は常滑線の大同町駅が最寄りで、写真はなくなってしまったものの、駅で撮影したときのことは今も鮮明に記憶している。

それ以来、名古屋を離れて東京に移り、プロの写真家となった後も取材で訪れたり、ほかの取材の行きがけに寄ったりと、事あるごとに撮影を続けてきた。今回は、主に昭和40~50年代の写真を中心に当時の記憶をたどりながら、かつての名鉄を振り返ってみたい。

■名鉄といえばパノラマ

数ある名鉄車両の中でも、いちばん思い出深いのはやはり「パノラマカー」7000系だ。運転台を2階に上げて前面を展望席にした日本初の車両として1961年に登場したこの車両の印象は鮮烈で、真っ赤な車体は光り輝く憧れの存在だった。1963年には改良型の7500系も登場し、パノラマカーは名鉄のシンボルとして君臨した。

当時、展望室にはネオン管のスピードメーターがあり、パノラマカーに乗るとここに最高速度である時速110キロの表示が出るのをいつも期待していた。だが、108、109キロまでは出るものの、110キロの表示はなかなか見られない。110キロが出たときは手をたたいて喜んだことを思い出す。

パノラマカーは側面も連続窓で眺望性がよく、まさにパノラマ列車だった。前面に広がる風景はさながら映画でいうシネマスコープのようで、かつて記事に「走るワイドスクリーン」というタイトルを付けたこともある。前面展望列車は小田急のロマンスカーもあるが、側面の窓も連続ガラスのパノラマカーがいちばん「展望列車」らしかった。

パノラマカーは、当時の名鉄社長が渡欧のとき当時のイタリアの代表的列車「セッテベロ」を見て気に入り、わが社にも……と参考にしたなどと伝わっている。

私はかつて旧国鉄の副技師長、星晃さんに「セッテベロのデザインは名鉄パノラマカーや国鉄『こだま』型のボンネット特急にも大いに参考になり、影響を与えている」と聞いた。ただ、展望はセッテベロよりパノラマカーのほうが格段に優れていた。

名鉄の前面展望型特急車両はその後、1984年に「パノラマDX」8800系、1988年に「パノラマSuper」1000系が登場した。どちらも運転席を1階、客席を2階にした構造だが、その頃には私鉄各社をはじめとしてさまざまな特急車両や展望車両が登場していたこともあり、初代パノラマカーほどの鮮烈な印象は受けなかった。

この記事に関連するニュース

トピックスRSS

ランキング