「野球医学クリニック」開業した男の選手育成論 5月開業、その経緯を馬見塚尚孝医師に聞いた

東洋経済オンライン / 2019年5月28日 8時10分

神奈川県川崎市武蔵小杉に野球医学の第一人者である馬見塚尚孝医師が開業した医院の内観(馬見塚尚孝医師提供)

この5月、神奈川県川崎市武蔵小杉に、日本初のユニークなクリニックがオープンした。「ベースボール&スポーツクリニック Baseball & Sports Clinic」。日本の野球医学の第一人者である医師の馬見塚尚孝氏が開いたものだ。その狙いを聞いた。

4月下旬、開業直前で内装業者などが出入りするあわただしい雰囲気の中、待合室に座っていると、診察室のドアが開き、今話題の若手野球選手が現れた。開業前だが診察は始まっているのだ。馬見塚氏は唇に指をあてて「内緒ね」といった。

こういうお忍びも含めて、トップクラスのアスリートが来院する。馬見塚氏の顧客からは毎年、NPBに進む選手も出ているのだ。

■整形外科医を目指す

「大分県の出身です。小学校から高校まで地元で野球をしていました。琉球大学医学部へ進み、ここでも野球をしました。高校までは内野手で、大学からは投手です。

どの診療科に進もうかとても迷ったのですが、最終的には大学まで野球をやっていたため、野球日本代表のチームドクターになるという夢を持っていました。最終的にはそんな動機で整形外科を選び、体育学群があった筑波大学の整形外科にレジデント(研修医)として入らせていただきました。

医師になりたての頃はとにかく何もできず、スタッフやチーフレジデントの先生の指導を受けながらスポーツとは遠く離れた骨肉腫の患者さんの抗がん剤治療の準備と副作用対応に明け暮れていました。

その後、いくつかの関連病院での研修を受けましたが、医師4年目から5年目に研修した日立製作所水戸総合病院で中島宏先生に出会って大きな転機を迎えました。

その病院は、中島先生と私の2人しか整形外科医がいなかったですが、中島先生は外来で患者さんに話をよく聞き、専門の脊椎疾患にはじまり人工関節、外傷、各種関節鏡手術などの分野の手術も丁寧にこなされていました。痛みのため歩けなかったおばあちゃんが、痛みなく歩いて帰っていったことに、スポーツ整形外科医より一般の患者さんを治療する整形外科医として仕事をする価値の大きさを感じて、脊椎疾患を中心として診療することに舵をきることになったのです。今でも中島先生は私の中でのベストドクターのおひとりで、困ったことがあれば相談しております」

そんな馬見塚医師に転機が来たのは、大学院時代のことだった。

「研究能力をつけたいと思いまして、35歳のときに筑波大大学院博士課程に進みました。そこで慣性センサーを使って腱反射を数量化するシステムを開発する研究をやっていました。医学と工学をミックスした医工学の領域です。その4年間も大学院で研究をしながら週に1回医師として外来のお手伝いをしていました。

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