泥棒と呼ばれた男、笑福亭松喬の野太い生き様 泥棒三喬から野太い噺家に、今が旬の七代目

東洋経済オンライン / 2019年6月6日 7時40分

笑福亭の十八番と言われる落語の1つである「三十石」を演じる笑福亭松喬(写真:笑福亭松喬師匠提供)

一般社会で他人を「泥棒」呼ばわりすれば、喧嘩になるだろう。ネットに書き込めば名誉棄損に問われかねない。しかし、芸能界では「泥棒」は、時と場合によっては「褒め言葉」になる。

明治時代の二代目松林伯圓(しょうりん はくえん)という講釈師は、「白浪物(泥棒が主役の狂言)」を続きもので読んで「泥棒伯圓」と呼ばれ大人気になった。

現代にも「泥棒」の異名をとる落語家がいるのをご存じだろうか?

七代目笑福亭松喬(しょうふくてい しょきょう)という上方の師匠だ。2017年までは「三喬」を名乗っていたので「泥棒三喬」と呼ばれた。手が早かったわけではもちろんない。泥棒が主人公の噺を得意としているからだ。

■泥棒は描くが、悪人は描かない

「『泥棒三喬』と呼ばれるようになったきっかけは?」と聞くと、目の奥がちょっと笑った。

「やっぱりこの、角刈りの風体がそう見えるというのが大きいですね。(口の周りに)丸描いたらカールおじさんに見えるとか言って笑いをとります」

芸能人は刑務所の慰問によく行く。松喬も加古川刑務所に28年連続で行っているが、他の噺家とは少し公演の趣旨が違っているのだと言う。

「ほかの芸人さんは“慰問”、入所者のお楽しみなんですが、僕だけはなぜか“教育”の部門から呼んでいただきまして。更生した先輩みたいに思われているのかもしれませんが(笑)。

新人の歌手なんかが『社会復帰してくださいね』ってこわごわ言ったって受刑者には全然通じてないんですが、僕が言うと通じるんですよね(笑)。

落語もするんですが、最後に『普通は落語家って、最後は“ありがとうございました”って言って帰るけど、今日は言いまへんで』といいます。『私はあなた方にお金もらってないです』から、と。

『だからちょっとでもありがたいと思った方は社会復帰して、きれいにお金稼いで、天満天神繁昌亭(大阪市にある上方落語協会の定席)がありますから、そこへ来てください』と。

『で、そのときに楽屋って本当は手ぶらではあんまり行けないところだけど、あんたらはお金ないのわかってるから、手ぶらで来てもらって。加古川刑務所にいましたとは言いにくいやろうから、合言葉は“加古川リバーサイドホテルに3年行きました。5年行きました”と。来てくれたら、初めてそこで“ありがとうございました”って言います。皆さんがそう言うてくれたら、僕もここでやった甲斐があるので、頼んまっせ、来てくださいよ』って必ず言ってお別れします。で、28年間で1人だけ来てくれましたね」

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