過去のにぎわいが懐かしい「残念な幹線」10選 昔は優等列車が往来し貨物輸送が盛んだった

東洋経済オンライン / 2019年6月18日 7時20分

群馬県内を走るJR信越本線のSL試運転は閑散区間ならではの風景だ。背後は妙義山(筆者撮影)

JR時刻表やJTB時刻表の全国の路線図を見ると、JRの路線は、黒い線の「幹線」と青い色の「地方交通線」に区分されている。これは、1980年に制定された「国鉄再建法」(通称)で決められたもので、これにより地方交通線は割増運賃が導入されることになった。

この区分けに関しては、1970年代後半の実績によるいくつかの基準により規定された。しかし、国鉄がJRになってもそのまま引き継がれ、事情が大きく変化したり、同じ路線においても区間により相当の落差が生じたりしても、是正されることなく現在に至っている。よって、今や幹線といっても「名前負け」してしまっているような線区がいくつも存在する状況である。

とはいえ、かつての栄光をしのびながら、のんびり旅をするのも悪くない。今回はそうした地方交通線並みの過疎路線というべき「残念な幹線」を独断でリストアップしてみた。

■新幹線開業で一変

1)信越本線の高崎―横川間(群馬県)

北陸新幹線(開業当初は長野行新幹線)ができるまでは、首都圏と長野や北陸とを結ぶ重要な幹線ルートとして特急「あさま」「白山」など多数の優等列車が行き交っていた。

しかし、優等列車がすべて新幹線に移行し、横川―軽井沢間の碓氷峠を越える区間が廃止になると、高崎―横川間は盲腸線と化し、普通電車が走るだけのローカルな路線に転落してしまった。

閑散区間を利用したSL列車が走ることはあるものの、立派な複線の施設は持て余し気味である。盛者必衰の言葉が当てはまる路線で、時代の流れとはいえ淋しくなる。

2)美祢線(山口県)

かつては石灰石輸送が盛んで、1日に30往復以上の貨物列車が走った時期もあった。それゆえ「幹線」に分類されていた。しかし、宇部興産が専用道路を造り、トラック輸送に切り替えたこともあって、貨物列車は全廃となった。

旅客列車も、一時期は山陰本線と九州を直通する急行列車が美祢線を経由し、グリーン車も連結されていて、「幹線」の名に恥じないものであった。ところが、現在では、すべて普通列車で、1両のみ(時に2両)のディーゼルカーが、昼間は2~3時間に1本走るのみの閑散とした路線になってしまった。

近くに特急列車や「SLやまぐち号」が走り、美祢線よりはにぎわっている山口線があるが、こちらは地方交通線だ。比較すればするほど美祢線の凋落ぶりが目立ち、残念と言わざるをえない。

3)宇部線(山口県)

美祢線から山陽本線経由で直通する貨物列車が宇部港まで走り、美祢線同様、1970年代には、1日に30往復以上の貨物列車が発着することもあった。貨物輸送が盛況だったので「幹線」の仲間入りをしていたのは、美祢線と同じである。

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