「車内販売」消える日本、維持するヨーロッパ 採算は度外視、「鉄道の付加価値」として存続

東洋経済オンライン / 2019年6月19日 8時10分

イギリス、サウスウェスタン・レイルウェイの車内販売。立派なカートにいろいろな商品が陳列されている(筆者撮影)

JR東日本は5月28日、新幹線および在来線の車内販売において、7月1日からホットコーヒーの販売を中止すると発表した。また、北陸新幹線「はくたか」「かがやき」で継続して販売していた弁当やサンドイッチなども、同じく7月1日から販売中止になるという。今後は缶やペットボトル入り飲料と、スナックだけの販売となる。

ここ最近、JR各社の車内販売が整理縮小されるというニュースばかりで、またかという思いだ。JR東日本の説明によると、駅構内の売店やコンビニエンスストアの普及により、乗車前に買い物を済ませてしまう乗客が増えたことで、車内販売の売り上げが落ち込んでおり、今回ホットコーヒーの販売中止に踏み切ったとのこと。すでに定期列車から食堂車はすべて姿を消しており、いよいよ車内で飲食物を調達するのが難しくなってきた。

■欧州も一時は廃止が続いたが…

日本の駅売店やコンビニエンスストアは、世界中を見渡しても比肩しうるものがなく、世界一の充実度を誇ると言っても過言ではない。この点について、JR側が説明する車内販売の衰退原因の1つ、という話は間違ってはいない。

とはいえ、車内販売の縮小・撤退は、本当に正しいことなのか。もちろん、大赤字を垂れ流してでも継続すべきだ、とは言えないが、いささか疑問が残ると言わざるをえない。車内販売が営業されるのは優等列車の車内であるが、少なくとも「特別急行」たる特急列車なら、料金を徴収している以上、最低限のサービスとして車内販売は必要ではないのだろうか。つまり採算が合うかどうかではなく、サービスの1つとして考えるべきではないか、と筆者は考える。

では、日本と同じように発達した鉄道網を持つヨーロッパの車内供食事情はどうなのだろうか。

ヨーロッパもまた日本と同様に、近年は駅構内の飲食店や売店などが充実してきた。またそれに輪をかけるように、高速列車網が急速に発達、列車の所要時間が短縮されて以降、むしろ日本より一足早く、車内ケータリングは衰退の一途をたどっていた。21世紀になってから、一時期は車内販売や売店、食堂車が次々廃止されていった。

だが近年は、その傾向にも歯止めがかかり、中には復活させたり、新たな供食サービスを提供したりする会社も多い。ヨーロッパで車内販売を完全に廃止した国は、ベネルクス3国(オランダ・ベルギー・ルクセンブルク)のように国土が極端に狭い国ばかりで、ほかの国では規模の違いはあっても、きちんと継続させている。

1980年代までは、売店どころか豪華なフランス料理のフルコースを車内で提供していたフランス国鉄は、TGVの誕生により食堂車が姿を消した。利用時間が2時間の列車では食事が終わる前に終点に到着してしまうというのが主な理由だが、そもそも食道楽が多いフランス人も、最近は昼間からフルコースを食べる人などほとんどおらず、若い女性はヘルシー志向でサラダだけ、という人も多い。このような食文化の変化もあるので、食堂車の廃止は至極当然の話である。

過去を知る人からは詰め込み主義の単なる移動手段に成り下がった、と批判されたTGVだったが、売店に関しては現在も全列車が営業を継続している。鉄道が航空機やバスと決定的に違うのは、車内を自由に歩きまわれる点で、ちょっとした息抜きに売店でコーヒー1杯を楽しむことができることなのだ。実際、TGVの売店はつねににぎわいを見せ、行列ができることも多くある。

■生ビールやエスプレッソも

ドイツの高速列車ICEや特急ICは、編成に売店兼食堂が設けられ、1等車の乗客は車掌や客室乗務員に注文すれば、自席まで食事を運んでもらえる。ドイツやチェコなど、ビールを多く消費する国の売店や食堂車には、ビールサーバーが標準装備されており、夕方になると売店には長蛇の列ができ、生ビールが飛ぶように売れていく。

食堂車といえば、満席で座れないから食堂車に座ってコーヒー1杯で終点まで粘ろう、という話を耳にするが、夕方に食堂車に座って観察していると、コーヒー1杯で粘る客と、次々ビールを注文する居酒屋気分の客が半々、といった感じだ。

コーヒーにこだわりがあるイタリアは、車内売店にコーヒーマシンが設置されており、街中と変わらないクオリティのエスプレッソやカプチーノが飲める。イタリアも一時期、食堂車や売店、車内販売を中止する方向だったが、現在も優等列車では車内販売を含む供食サービスを維持している。

では、ヨーロッパでは採算が取れているのかという点については、残念ながら売り上げに関する各ケータリング会社の詳細なデータがないため、正確な数字を紹介することはできない。ただし、現地のある新聞が独自に調査した結果によると、各社とも採算はほとんど取れておらず、よくてとんとんという状況とレポートしている。

だが、そのレポートが記している話は本当のことだろう。ドイツの食堂車は、通常調理するスタッフ1人、接客するスタッフ1人で、忙しい時間帯は車掌がこれを手伝う。だが、いくらビールがどんどん売れたとしても、スタッフ2人の給料を賄えるだけの売り上げがあるとは考えられない。

筆者の地元チェコも、同じように2人1組で乗務しており、1人は食堂車に残って業務に当たり、もう1人はカートを押して編成を巡回し、戻ってきたら食堂車を手伝う、という流れになっている。

チェコは食堂車や車内販売が非常に充実している国の1つだが、国内列車のコーヒーは10コルナ、換算すると約50円である。ビールは30コルナ(約150円)、大きなサンドイッチが50コルナ(約250円)と、物価の違いを考えても極端に安い値段設定で、かなりよく売れている印象を受ける。そのせいもあってか、大きな駅に停車するたびに食料や飲み物が補充されていくが、それでも人件費がカバーできるほど売れているとは考えにくい。

■車内飲食サービスを維持する理由

赤字なのに維持する理由はさまざまだが、その1つとして挙げられるのが鉄道会社の危機意識にある。LCCや高速バスの台頭はもちろんのこと、近年は同じ鉄道業界においても民間企業の参入自由化によって競争が激化しており、鉄道を取り巻く環境は非常に厳しい。

そんな中では、他社との差別化やサービス意識の向上は必要不可欠のこと。車内販売はもちろん、売店や食堂車の営業には、確かにコストがかかるが、優等列車における最低限のサービスと位置付けられているのだ。

そのような状況で、各社はなるべくコストをかけないような工夫をしている。乗客へ提供しやすいようなパッケージにして、従業員の負担を減らすことで人件費を抑制したり、電子レンジで簡単に調理ができるメニューにしたり、といったものである。

もっとも、イタリアではレンジで温めたスパゲッティへ切り替えたら苦情が殺到、調理法に手を加えるのではなく、パスタメーカーと短時間で最適なゆで上がりになる新開発の食堂車用スパゲッティを開発することで、再度お湯によるゆでたてパスタへ戻すことになった。コストにばかり注力するとサービスの低下につながるので、そのバランスは難しいところだ。

■日本では車内販売も過去のものに?

日本の情勢を考えると、もう一般の鉄道における供食サービスは使命を終え、将来的な復活は限りなく困難と言えよう。

ただ、車内販売の廃止は、駅で買い物をする時間的余裕がある人を前提とした考えだ。本当にそんな人ばかりが乗車しているのだろうか。緊急に移動しなければならない人も一定数いるはずだし、その中に着の身着のまま、飲まず食わずで列車に飛び乗った人がいたとすれば、その人は終点まで、喉の渇きと空腹に耐えながら移動することになる。

売店のある途中駅で弁当や飲み物を買うといっても、各駅の停車時間は後続列車の待避でもしない限りせいぜい1~2分、停車中に売店まで走って買い物をするにはリスクがある。そのようなことをして事故になったケースが過去にあったから、鉄道会社としては止めてほしい行為のはずだ。

前述の北陸新幹線は、速達のはくたか号で金沢まで約2時間半、列車によっては途中駅に停車するので、3時間くらいかかる列車もある。新幹線が東京―金沢間を「わずか」2時間半で結んだことは数十年前を考えれば画期的ではあるが、その程度の所要時間なのだから到着するまで我慢しなさい、というのは、特別料金を徴収する乗客に対しての扱いとは言えないのではないか。

日本の場合、ヨーロッパと大きく事情が異なるのは、他交通機関との棲み分けがほぼできているという部分だ。ヨーロッパのように同価格帯で所要時間もほぼ同じという競合交通機関がある例は少ない。移動を価格で選ぶ人は最初から格安のバスを選ぶし、仕事で先を急ぐ人は、所要時間と駅・空港の立地を考慮して新幹線や飛行機を選ぶはずで、サービスを基準に選択しないのが普通だ。

料金や所要時間が同じような交通機関とのシェア争いがないのなら、サービス面の付加価値を付けることに意味はなく、ただ目的地に乗客を運ぶことだけを考えればそれでよい。乗客は、飲食物については自分で乗車前に用意するのがスタンダードとなるのだろう。

今の流れでいくと、近い将来には食堂車に続き、車内販売もまた、過去の遺物として紹介される日が来るかもしれない。

橋爪 智之:欧州鉄道フォトライター

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