次世代を切り開いた新幹線「試験車両」列伝 どこまで行けるか?続くスピードへの挑戦

東洋経済オンライン / 2019年7月4日 8時0分

ノーズの長さが22mもある「アルファエックス」の新青森方先頭車(筆者撮影)

2019年5月、JR東日本では将来の北海道新幹線の札幌延伸に向け、営業最高時速360kmを目指す新型電車「ALFA-X(アルファエックス)」E956形を報道公開した。新幹線の新たな時代に向けた挑戦といえる電車である。

現在、世界各国で路線を伸ばしている高速鉄道の草分けは、1964年に開業した東海道新幹線である。その後に山陽、東北、上越新幹線が開業、次いで新幹線の後を追うようにフランス、ドイツなどでも高速鉄道が開業した。

その開発の過程では、今回のアルファエックスのような試作車両、いわゆるプロトタイプと呼ばれる車両が先陣を切って製造され、試験走行を繰り返し開発に大きく貢献した。今回は新幹線の超高速運転を実現するために生まれたプロトタイプ車両を振り返ってみたい。

■「夢の超特急」の試験電車

「夢の超特急」と呼ばれ、開業前から日本国民の多くが大いなる期待を抱いていた東海道新幹線。工事が急ピッチで進む中、先行試験線として神奈川県の綾瀬―鴨宮間に建設された「鴨宮モデル線」に1962年に投入されたのが、新幹線の試験電車1000形だった。

A・B・Cと形態の異なる3編成が製造され、速度試験をはじめとする各種の試験に供された。最初に製造されたのはA・B編成で、2編成がつくられたのは高速ですれ違う際の試験のためだった。B編成は1963年3月30日に、電車方式の列車としては当時世界最高となる時速256kmを記録した。

C編成は量産型新幹線電車(0系)の量産先行車で、A・B編成(B編成は片側先頭車)では曲面ガラスを使っていた運転台の窓を平面2枚窓にし、前面のスカートをより強固にするなどモデルチェンジした。ちなみに東海道新幹線の開業時、0系は「新幹線電車」と呼ばれており、のちに東北・上越新幹線の200系が登場する際に「0系」と呼ばれるようになった。

東海道新幹線の成功を受けて全国に新幹線網が計画されることになったが、1973年に将来の新幹線を想定して開発した試作電車が961形だ。長距離運転に対応すべく寝台車もつくられた。1979年12月7日に、当時建設中だった東北新幹線の小山試験線で行った試験走行では、当時の電車の世界最高時速である319kmをマークした。

この車両をベースに、東北・上越新幹線用の営業車両の先行試作車として1979年に製造されたのが962形だ。先頭車のスカート(排障器)先端にはスノウプラウなどの雪害対策、各車側面には雪切り室につながる吸気口が取り付けられていた。試験当時の白地に緑の塗装は量産車200系に継承された。筆者は上越新幹線の公式報道試乗会において新潟駅で目撃し撮影したが、10両編成中、前方3両が試験車両、他の7両は200系の編成だった。

■「のぞみ」をかなえた先行車両

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