「ディープインパクト」が日本競馬に残した衝撃 17歳で急逝、時代を駆け抜けた最強馬の足跡

東洋経済オンライン / 2019年8月9日 7時30分

2006年12月、引退レースの有馬記念で勝利したディープインパクトと武豊騎手(写真:時事通信社)

その生涯はまさに飛ぶが如く――。競走馬時代と同じようなスピードで一気に駆け抜けた。2005年に史上2頭目の無敗の三冠馬となり種牡馬としても活躍した不世出の名馬ディープインパクトが7月30日午前6時40分、北海道苫小牧市の社台ホースクリニックの入院馬房で頸椎骨折のため安楽死となった。

17歳だった。人間で言えばまだ50代の働き盛りだ。偉大な種牡馬サンデーサイレンスが生み出した「日本近代競馬の結晶」は競走馬として、そして種牡馬としても頂点の座に就いたまま世を去った。

ディープインパクトが原因不明の首の痛みを訴えたのは今年2月中旬だった。今年は24頭に種付けした時点で以降の種付けを中断した。種牡馬生活を送っていた北海道安平町の社台スタリオンステーションで経過観察と原因究明を続けてきたが快方に向かわず、ついに手術を決断した。アメリカから招いた頸椎手術のエキスパートと社台グループの獣医師がチームを結成し、7月28日に社台ホースクリニックで患部を固定する手術を行った。

日本では初めてだが海外では多くの症例があった。通常1時間半ぐらいで終わる比較的簡単な手術。術後は普通に馬房に戻ることも可能だが、念のために5日間24時間態勢で経過を観察した。29日には普通に草を食べて日常生活を取り戻していた。

■突然の出来事で痛恨の極み

ところが、29日の午前中に容体が急変して起立不能となった。30日早朝にエックス線検査を行うと手術箇所と違う部位の骨折が判明した。回復が見込めないという診断で安楽死の処置が取られた。社台スタリオンステーション事務局の徳武英介氏は「まさかという思い。本当に残念」と沈痛な表情を見せた。

「日常生活にも支障をきたしていたために種牡馬として復帰させたい思いもあって前向きな治療を試みた。手術はうまくいった。手術との因果関係はない」と説明した。「もともと骨折はしていなかった。わずか半日の間に何があったのか。何かの拍子に力んだとか、寝起きに何かあったのか……。最期はもう観念したのか眠るようだった」

今年の種付け24頭のうち半数以上が海外の繁殖牝馬で、日本で生まれるのは4、5頭の見込み。ディープインパクト産駒の最終世代は早ければ2022年の夏にデビューする。

ディープインパクトの突然の死は関係者に衝撃を与えた。14戦すべてで手綱を取った武豊騎手は奇しくも北海道に滞在中だった。29日にディープインパクトの生命の危機を知らされたという。「行ける状態ですか?」とたずねたが面会できる容体ではなく断念するしかなかった。「何とか頑張ってほしいというか祈るような気持ちで、元気になれば会いに行こうと思っていた」。

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