40歳女性が「6年間の不倫」を断ち切れたワケ 友達との集まりには絶対来ようとしなかった

東洋経済オンライン / 2019年9月5日 18時0分

「すぐに救急車で運ばれました。骨折ですから命に別状はなかったのです。でもその後、病院で検査をしてくうちに、すい臓がんが見つかったんです」

がんは思いのほか進行していて、治療の施しようがない状態だった。

「最初は通院していたのですが、だんだんと動けなくなり、病院に入院したら、3週間で亡くなってしまいました。あっけない最期でした」

父が入院してからというもの、家族は交代で病院へ見舞った。余命宣告もされていたので、家族の誰もが1分、1秒でも父と一緒に過ごしたいという気持ちだった。

「私には4つ下の妹がいて、すでに結婚をして幼稚園の年少と小1の2人の子どもがいるんです。妹も時間があると子どもを連れて、病院に行っていました。土日の休みは、旦那さんも一緒に家族で父を見舞う。そういう姿を見ていたら、私はなんて親不孝をしているんだろうと思いました」

既婚者である奏太は、万里子の両親の前に出てこられるはずもなく、一度も見舞いに来ることはなかった。

「私の友達の集まりにも参加しない。両親の前にも姿を現さない。それは、彼が結婚しているという後ろめたさがあるから。何年別居していても、都内で独身のような生活をしていても、戸籍がつながっていたら、夫婦なんですよね」

父が亡くなり、葬儀のときに祭壇に献花が飾られた。献花は故人と縁の深い順番に並べられていく。

「妹の旦那さんの名前の献花は、父の遺影のすぐ近くにありました」

子ども一同で万里子も花を出したが、奏太の献花はなかったし、もちろん葬儀に姿を見せることもなかった。

「出棺前に父の棺に花を入れるときに、妹が父の頬をさすりながら泣いていました。その妹の肩を優しく抱く義弟も泣いていました。妹の子どもたちは、まだ死を現実として捉えられていなかったと思いますが、小さな手で、花を棺の中に入れていました。

私は、そんな妹家族の姿を見ていたら、胸が痛くなった。心の中で、『お父さん、結婚もせず、孫の顔を見せてあげることもできず、ごめんなさい』と謝りました」

そして、父の葬儀を終え、四十九日を終えた頃、万里子は奏太と別れることを決意した。

■別れを悲しむどころか安堵の表情を浮かべた

別れ話をするために、彼の家へと向かった。

心のどこかでは別れたくなかった。でも、もうじき40歳になってしまう。離婚するかどうかわからない恋人に、振り回されているのはもう限界だった。

別れを切り出すと、奏太はうっすら涙を浮かべ、伏し目がちになりながらも安堵の表情を浮かべた。

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