日本人が残念なほどお金を「わかってない」事情 投資を前提とした時代遅れのマネー教育

東洋経済オンライン / 2019年9月19日 7時50分

だが、日本において金融リテラシーという言葉が語られるときにセットになる言葉は「投資」である。本来のマネー教育とはお金に関する制度を知り、お金でだまされたり、生活に困ったりしないように最低限の知識を身に付けるものではないかと筆者は考えているが、現状は、金融教育の念頭にあるのはいかに投資を国民の間で普及させるか、である。

■若い人は「お金=投資」とは考えていない

なぜ金融リテラシーと投資がセットになりがちなのか。それには、今のシニア層の行動パターンが少なからず影響しているのではないだろうか。FPとしてシニア層と接していると、多くが「お金=投資」と考えていると感じる。

投資に対する反応で多いのは、「投資は必要ない(もう懲りた)」というのと、「何に投資したらいいのか(いい情報があったら教えてほしい)」という2つ。投資する人は、銀行か証券会社に流行の商品を勧められて、手元にあるまとまった資金を投じるパターンが多い。

対して、20~30代の若い人たちは「お金=投資」とは考えていない。話を聞くと、「お金についてそもそも何から考えていいかわからない」「自分で調べはするが結局何を選択すべきかわからない」という人が多いが、シニアに比べてこれから資産を蓄えるためにお金について真剣に考える人が多い印象だ。

時代が変わるにつれて、お金に対する認識も変わってきており、従来の投資を普及させることが目的のように感じられる売り手目線の金融教育は時代錯誤だろう。それでは、これからの金融教育というのはどういったものが望ましいのだろうか。最も重要なのは「人生100年時代」を想定したものだ。

今の20~30代と話していると、年金だけでなく、将来に対する不安感が強いと感じる。将来が見通せないから、結婚、出産、マイホーム購入といった、従来型のライフイベントに踏み切れない。結婚すること、子どもを育てること、家を買うこと、それぞれのメリットとデメリットを考えたとき、明確な結論が出せず動けなくなってしまう。

損得勘定を超越した出来事がない限り、先の見えないライフイベントという扉を開けることができなくなっているというわけだ。

こうした状況下必要なのは、それぞれが自らの「人生の地図」を描けるようなマネー教育ではないだろうか。そもそもマネー教育は、社会で働き、収入を得る、すなわち、勤労と納税の義務を教えることが前提にある。学校教育の目的は必ずしも働くことだけに焦点を絞ったものではないが、例えば、子どもの頃に将来どんな仕事をするのか、したいのか、といったことが明確になれば、おのずからどんな勉強をすればいいかわかってくるのではないか。

この記事に関連するニュース

トピックスRSS

ランキング