「厳格なしつけ主義」が日本の親子を不幸にする 服装や頭髪指導をやめた校長の信念

東洋経済オンライン / 2019年9月26日 8時30分

きびしくしつける、その代償は…(写真:アオサン / PIXTA)

「宿題の廃止」や「固定担任制の廃止」など学校の”あたりまえ”をやめた改革で話題の麹町中学校。さらにこの中学校では、服装・頭髪指導も全廃されました。

「服装の乱れは、心の乱れ」は大人のつくったルールにすぎない。そう断言するのは、改革の中心人物・工藤勇一校長です。「校則がなくて規律を守る大人になれるの?」「しつけはどこまで厳しくすればいいの?」そんな親の素朴な疑問に新刊『麹町中学校の型破り校長 非常識な教え』から丁寧に答えてもらいました。

■自由な校風を目指したわけではない

徹底したスパルタ。極端な放任。親の数だけしつけの方針があると言っても過言ではありません。学校も同じで、いまだに軍隊組織のような厳格なルールで子どもたちを縛る学校もあれば、自由な校風をアピールする学校もあります。

麹町中学校には、細かい校則はほとんどありません。私が校長に赴任してから服装や頭髪指導もやめました。

「なぜ自由な校風を目指すのですか?」

「自由な環境であれば、子どもの自律の訓練になるからですか?」

そんな質問を受けることがありますが、そうではありません。当校では、大事にしている概念のなかに校則がないだけです。つまり、子どもにとって「自由であるか? 自由でないか?」という議論は、存在しなくていいのです。ここは誤解を招きやすいところなので、丁寧に解説します。

たとえば、イスラム教徒の女性はヒマールやヒジャブと呼ばれる服装を身につけています。それは戒律があるから従っているだけで、彼女らにとってはあたりまえの行為です。いってみれば、私たちが「普段、服を着る」のと何ら変わりはありません。着方・種類のちょっとした違いだけです。

世界を見渡しても、そうした文化の違いはいくらでも存在します。ただ「違っている」というそれだけです。その「違い」が「どのくらい違うか」に目を向けることは、果たして重要なのでしょうか。

私たちは、教育の本質として服装や髪型、見た目の違いを取り上げて騒ぎ立てることを、重要であるとは捉えていません。校則を減らしていくと不安がる親やOBはたくさんいらっしゃいます。とくに就任当初は、きついお叱りの言葉もいただきました。ただ考えなければならないのは、「何を教えるべきか」です。

ありがちなのは、教育の本質としてさして重要ではないことを無意味にクローズアップして、大人が「問題をつくる」ことです。そもそも問題として取り上げなければ、問題だという意識さえ生まれないのです。理屈をこねて、意識させることによって、本来教えたい上位概念――たとえば人権上の大切なことや、社会に出て役に立つこと――が、教えられなければ本末転倒です。

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