丸太小屋で育った「Slack」創業者が貫く信念 CEOが語る経営、ものづくり、生い立ち(後編)

東洋経済オンライン / 2019年11月15日 7時10分

スラック・テクノロジーズのスチュワート・バターフィールドCEOは、自身の生い立ちや信条が事業に与えた影響について語った(撮影:佐々木 仁)

ビジネスチャットアプリを手がけるアメリカのスラック・テクノロジーズを率いるのは、何社ものスタートアップを起業してきたスチュワート・バターフィールドCEO(最高経営責任者)だ。

写真共有サービスの「Flickr(フリッカー)」を創業し、アメリカのヤフーに売却。その後立ち上げたゲーム開発のスタートアップで社内向けに作ったチャットアプリがスラックの原型だ。カナダ出身で、ヒッピーの両親に丸太小屋で育てられたという異色の生い立ちもある。

後編のインタビューでは、起業のきっかけから始まり、生い立ちやその後の人生やビジネスに与えた影響、プロダクトを届ける経営者としての信念、そして上場まで、個人としての思いを中心に聞いた。

前編:Eメールの時代は終わる?「Slack」の隠れた威力

■社内ツールがビッグビジネスに

――スラックはもともと、起業したゲーム開発のスタートアップで社内ツールとして使っていたと。それが事業になると感じた背景には何があったのでしょうか。

ゲーム開発をしていた当時は、社員が45人ほどになっていた。アーティストやアニメーター、イラストレーター、ソフトウェアエンジニア、ビジネス担当もいた。さまざまな職種の間でコラボレーションをするには、(コミュニケーションの)明確さや団結が必要だった。当時はそんな言葉も考えていなかったが。

僕たちは1990年代からある「IRC(インターネット・リレー・チャット)」というシステムからヒントを得て、自分たちで開発していた機能と組み合わせてチャットツールを作った。スラックの「チャンネル」の概念は、IRCからきている。とはいえ、何年も経つまでそれがユニークな働き方になっているということに気づかなかった。

インパクトの大きさに気づき、これはもっと多くの会社に当てはめられるんじゃないかと思った。それが商用化しようと思ったきっかけだ。ゲーム開発のほうは、とても熱心なファンはいたが、多くの人には難解なものだったので、残念ながらあまり注目を浴びなかった。

――もともとご両親はヒッピーで、小さい頃は丸太小屋で育てられたと聞きました。一方でコンピューターにも早くから興味を持っていたそうですね。こうした経験は、今のビジネスにどういう影響を与えていますか。

小さな町で育ったことで、インターネットがもたらす変化の大きさをかみしめることができたと思う。東京やニューヨーク、ロンドンに住んでいれば、すぐそこに大きな世界がある。ただ人里離れたところでは、インターネットに大きな力があることがより明白になる。

この記事に関連するニュース

トピックスRSS

ランキング