壇蜜を射止めた漫画家「清野とおる」の快活人生 大学生でデビュー、どん底乗り越えて見た境地

東洋経済オンライン / 2019年11月22日 12時0分

代表作『東京都北区赤羽』シリーズを描いた漫画家の清野とおるさん(39歳)。清野さんの漫画家になるまでの半生、フィクションから実録漫画へスタイルを変えたきっかけなどを伺った(筆者撮影)

これまでにないジャンルに根を張って、長年自営で生活している人や組織を経営している人がいる。「会社員ではない」彼ら彼女らはどのように生計を立てているのか。自分で敷いたレールの上にあるマネタイズ方法が知りたい。特殊分野で自営を続けるライター・村田らむが神髄を紡ぐ連載の第72回。

■実録漫画を描くようになったきっかけとは…

清野とおるさん(39歳)は実際にあった出来事を題材にした漫画を描く漫画家だ。

代表作『東京都北区赤羽』シリーズは、清野さんが住んでいる赤羽で、実際に出会った強烈な個性を持つ人たちとの交遊が描かれる。

黎明期のウェブマガジンで地味に始まった漫画だったが、すぐに話題になった。

漫画の人気はもちろん、赤羽の知名度や人気をグッと引き上げた。

そして、2015年には『山田孝之の東京都北区赤羽』としてテレビドラマ化された。

2008年から続いてきた『東京都北区赤羽』シリーズだったが、2019年10月に発売された『ウヒョッ! 東京都北区赤羽』の6巻をもって完結した。

そして同日に『まあどうせいつか死ぬし ~清野とおる不条理ギャグ短編集~』(小学館クリエイティブ単行本) という作品集も発売された。

実はこちらは実録漫画ではなく、フィクションの漫画だ。

そしてこの取材を終えた後に思いもかけないニュースが入ってきた。清野さんがタレントの壇蜜さんと11月22日に結婚。都内の区役所に婚姻届を提出したのだ。妖艶な雰囲気をまとい、世の中年男性が憧れる存在を射止めた男として、清野さんへの注目が集まっている。

実は清野さんは『東京都北区赤羽』を描き始める前は、フィクションのギャグ漫画を描いていた。

この単行本に収録された漫画は、清野さんが誰からも認められない、漫画家として最もつらい時期に描かれた作品だという。

清野さんはどのような道を経て漫画家になったのか? そして現在の実録漫画のスタイルにたどり着いたのか?

清野さんが、新人時代に編集者と打ち合わせをしてつらい思いをしたという、神保町の喫茶店で話を聞いた。

清野さんは、東京都板橋区の住宅街で生まれ育った。

「特徴のない地味な街でした。でも小学生の僕にとってはそこが世界のすべてでした」

清野さんはやんちゃな少年だったという。1980年代の少年がやったような遊び、例えばビックリマンチョコのシール集めなどは一通りやったし、駄菓子屋に売っていたかんしゃく玉や爆竹を歩道橋からまいて爆発させたりする、いたずらっ子な面もあった。友達もたくさんいた。

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