30代で「異性の好みが激変」した女性の"視点" 独身生活を謳歌した末に「寿退社」し地方へ

東洋経済オンライン / 2019年11月22日 7時20分

30歳を過ぎて異性の好みが変わった、その意外な経緯とは?(イラスト:堀江篤史)

東京駅前のビストロに来ている。ランチをしながらのインタビューに応じてくれたのは北関東のある町で専業主婦をしている渡辺千恵子さん(仮名、37歳)。昨年末に、3歳年上の同僚である智也さんと結婚して、10年近く勤めた大手の建設会社を辞めた。今どき珍しい「寿退社」をした理由は後ほど書きたい。

千恵子さんが関西にある芸術系の大学を卒業したのは2004年。就職氷河期にあたる。もともと就職活動をする人が多くない大学だったこともあり、千恵子さんは正社員としての就職はせずにアルバイト情報誌でフリーランスの編集者として雇われる。経験も人脈もない新卒者にフリーも何もない。社会保険料などを払わず、安く長時間労働をさせるための方便だ。

「その後ベンチャー企業でも働きましたが、どんどん給料が下がって暮らせないようになってしまって……。まずは生活の安定が必要だと痛感して、やりたいことは副業かボランティアでやることにしました」

幸運なことに前職に就くことができ、総合職として施工管理の業務に打ち込んでいた千恵子さん。暮らしに余裕ができて、20代後半から30歳を過ぎる頃までは独身生活を大いに楽しんだと振り返る。

■「恋愛ではなく結婚を」、心が揺れた海外旅行の帰路

「東京には社会人サークルがいっぱいありますよね。イベントや旅行を満喫しました。結婚どころか恋愛することもあまり考えませんでした。アラサーは若くて元気なので老いるイメージを持てないのかもしれません」

そんな千恵子さんが急に空しさを感じた瞬間がある。男友達の一人と一緒に海外旅行をした帰りのことだ。同じ部屋に泊まっても男女関係がなかったことが問題ではない。現地集合現地解散の予定だったため、帰路が一人きりだったことが千恵子さんの心を揺らした。

「空港は家族連れでいっぱいでした。男の人と一緒に旅行したのに一人で帰るのはすごく寂しいと感じたんです。結婚しようと思いました。恋愛ではどんなに長く付き合ったとしても別れがあります。その繰り返しはもう要りません」

しかし、初めての婚活はうまくいかなかった。婚活パーティーに参加したが、短時間では「いいね」と評価できる男性は見つかりにくかった。いたとしても、自分から好意を伝えることは恥ずかしくてできない。

婚活の前にやることがあるのではないか。既婚の女友達に相談したところ、パートナーシップに関するコーチングを受けることを勧められた。初回は無料だが、本格的に受講すると10回コースで30万円。結婚相談所で結婚するのと同じぐらいの金額がかかる。

「私の場合はコーチングを受けたのが正解でした。自分の考え方の癖に気づくことができたからです。私は何でも自分でコントロールできると思っていて、それができないと腹を立てる傾向がありました。思うような形で愛されないと愛情を感じられず、相手から別れを告げられたくないから、その前にサヨナラすることばかりだったんです。自分の周りにいてくれる人をもっと大事にしたいと思いました」

■「自分に足りないものは奉仕の精神だ」と気づき…

かつての千恵子さんの好みは「高学歴で育ちがいい男の子。女性の中にいても違和感がなく、線が細くて中性的で物腰柔らかな人」だった。そういう男性にしか自分は好かれないと思い込んでいたのかもしれない。ならば、真逆のタイプに目を向けてみようと34歳になった千恵子さんは決めた。そこで登場したのが智也さんだ。

「彼は現場監督で転勤族です。同じプロジェクトで一緒になり知り合いました。今まで私が付き合ってきた男性とはまさに真逆。高卒で、お酒もたばこも好きですし、背が高くてガッチリしています。勉強は大嫌いで、野球が大好きな人です」

そんな智也さんに心惹かれたきっかけも、コーチングの成果といっていい。千恵子さんは「自分に足りないものは奉仕の精神だ」と気づき始めていた。

自分の業務範囲はしっかりやるけれど、誰かがやらなければならない職場の雑務などは避けていた。「お金にならない仕事はやりたくない」と思っていたのだ。20代の数年間、労働条件が悪い会社で働いた苦しい経験があるからかもしれない。智也さんは自分が足りないところを持っている男性だと気づいた。

「彼は事務職の女性が重いコピー用紙などを運ぶのを自然と手伝っていますし、出張する人の送迎なども当たり前のようにやっています。宴会の幹事でもないのに宴会の準備をやっているんです。優しい気遣いができる人だと思いました」

千恵子さんの好意が伝わったのか、智也さんから「遊びに行こう」と誘われた。2017年5月のことである。2回目のデートで智也さんは「付き合いましょう」と言ってくれた。爽やかなテンポだ。

プロポーズされたのは約半年後。慎重派の千恵子さんは業務のような返事をしてしまった。子どものことはどう考えているのか。自分はアラフォーだから子どもができるかどうかわからない。不妊治療を受けるつもりはない。もしあなたのお母さんが嫌がるならば結婚しないほうがいい、と。

「彼の答えは『子どもを考えたことがないのでわからない』でした。40歳目前で考えなかったらいつ考えるのでしょうか。無駄に不幸になる結婚はしたくありません。お金や住む場所は努力と工夫で変えられますが、子どもや親を変えることはできないからです。でも、彼とはいろいろすり合わせができそうなので、結婚することにしました」

婚約中に智也さんは北関東の支社に転勤となった。海外赴任ならば休職をしてついていく選択肢もあったが、国内の場合は同じ支社に転勤するしかない。それは2人とも避けたいと思った。

「会社からは東京で働き続けてくれと言ってもらいましたが、新婚で離ればなれになると離婚しそうだと思いました。働きやすい大企業なので周りからは『もったいない』と言われます。

でも、私はこの会社で十分に働きました。夜遅くまで一人きりで残業した時期もありますし、休日出勤が続いたこともあります。30代後半になって体力が衰えてきました。もう無理はできません。建設業界は年配でも体力がある人が多いのですが、私はこのまま同じようには働けないとも感じていました」

今まで智也さんとは一度もケンカをしていない。その理由を「私が暇で余裕があるから」と千恵子さんと冷静に分析する。

■「生活におけるタイミングは人それぞれ」と学んだ

「共働きについても話し合いました。私が引っ越し先で仕事を見つけてフルタイムで働くことを再開したら家事も二等分だよ、と伝えたんです。彼からは『家事はしたくない。生活費は全部オレが出すので好きにしていい』と言われました。私もとくに不満はありません。働くとしたら、自分のお小遣い稼ぎためにパートに出るぐらいでしょうか」

男性社会で生きて来た智也さんはガサツなところもある。例えば、菓子パンを食べた後の袋を机の上に出しっぱなしにする。以前の千恵子さんならばいら立っていたかもしれないが、今はそうではない。「生活におけるタイミングは人それぞれ。他人をコントロールはできない」とコーチングを通じて学ぶことができたからだ。

「彼は何かのついでにゴミをまとめて捨てたい派です。私はそのつど捨てたい。彼の目からすると、私はせっかちに映るのだと思います。ならば、目くじらを立てる必要はありません」

智也さんの趣味はひたすら草野球。千恵子さんはたまに東京に習い事に行くことはあるが、高価な洋服を買ったりはしない。性格も趣味嗜好も異なる2人だが、お金の使い方だけは似ている。家賃も安い地方なので智也さんの稼ぎだけでも十分に暮らしていけるのだ。

「週末は別々に過ごすことも少なくありません。お互いに好きだけど、ラブラブの夫婦ではないんです。ある先輩からは『あなたたちが恋人や家族になっているイメージが湧かない。共通点がまったくないから』と鋭い指摘をされたことがあります。今、私たちは平穏に暮らしていますが、先のことはわかりません」

千恵子さんは考えて納得しなければ動けないタイプなのだろう。やや心配性ともいえる。

将来に何が起こるのかは誰にもわからない。ならば、尊敬できるパートナーと一緒にいられる今日を満喫するしかないと思う。その積み重ねでいつの間にか10年、20年が経っている。幸せな結婚生活とはそういうものではないだろうか。

大宮 冬洋:ライター

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