93歳の母の最期を娘が「美しい」と感じた理由 長い介護の先に見えてきた意外なこと

東洋経済オンライン / 2019年11月30日 7時55分

母を看取った長坂幸子(左)と看取り士の西河美智子(写真:筆者撮影)

人はいつか老いて病んで死ぬ。その当たり前のことを私たちは家庭の日常から切り離し、親の老いによる病気や死を、病院に長い間任せきりにしてきた。結果、死はいつの間にか「冷たくて怖いもの」になり、親が死ぬと、どう受け止めればいいのかがわからず、喪失感に長く苦しむ人もいる。

一方で悲しいけれど老いた親に触れ、抱きしめ、思い出を共有して「温かい死」を迎える家族もいる。それを支えるのが「看取り士」だ。

多くの人が人生の最期は、家族にはできるだけ迷惑をかけたくないと考える。しかし、自宅で93歳の母を看取った長坂幸子(56歳)は、それは心情的に理解できるが、本質的には思い違いだと考えている。彼女が看取りを通してたどり着いた境地とは何か。

■姉妹の絆を深めた介護と「人生の完走式」

「私の母(中略)は皆様の温かいご声援を胸に、去る3月10日の夜、93年の人生マラソンのゴールテープを無事に切ることができました」

長坂幸子は、母親の「人生完走式(葬儀)」のチラシを、マンションの掲示板に貼った。2人で暮らしたマンションの集会所でこの式を行う知らせだった。2019年3月のこと。その行間にはすがすがしさが匂い立つ。 

一方で、約8年間もの介護を終えた長坂はなぜか、85歳まで元気だった母親がピンピンコロリと急逝していたら、自分はきっと長い間後悔し続けたはずだと続けた。

理由は2つある。当時の自分は仕事最優先で、母親の世話になりっぱなしだったこと。また、長い介護生活は山あり谷ありだったが、その過程で深く関わった人たちとの絆が、長坂の人生を豊かにしてくれていることだ。

その1つに2歳下の妹との関係もある。

「妹は母に似て几帳面なんです。しっかり者の2人に挟まれると、率直に言って、私はとても息苦しく感じることもありました」(長坂)

だが、鍼灸師の妹は時折訪ねてきて、はりで母の免疫力を高めたり、体調の変化を機敏に察し、病気を早期に発見してくれたりした。

とくに最後の1カ月は、月曜から木曜は長坂、金曜から日曜は妹と分担して、母親に寄り添った。長坂の妹の了解を得て、妹から長坂へのLINEを一部紹介する。2019年2月頃のものだ。

「外の冷蔵庫(冬のベランダのこと)の白菜と人参のだし煮をお昼に使ったけど、よかった? かれこれ1週間も経つし、だいぶ気温も上がってるからヤバイと思って————」

生活感あふれる内容だ。同時に、長坂の言葉を借りれば、「母を仲立ちにして、姉妹の絆を深めることができた濃密な時間」でもあった。

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