英語のつづりと発音が違う意外な「歴史的事情」 なぜ「オペンホーセ」と読まないのか

東洋経済オンライン / 2019年11月30日 7時45分

英語はスペルと発音が異なっていることが多いですが、実は英語の歴史にまつわるある事件が関係しているようです(写真:Undrey/PIXTA)

こんにちは、デビットです。少し前に織田裕二さんが犬の役になって「オペンホーセ、オペンホーセ」と言っている面白いCMが流れていたのをご記憶でしょうか。これはオープンハウスという不動産会社のCMで、OPEN HOUSEをローマ字のように読むと確かにオペンホーセですね。

このCMのように、英語はローマ字のように見たままのとおりに発音しない単語が非常に多く、見た目どおりに発音したり、発音どおりにスペルミスをして恥ずかしい思いをしたことが、1度や2度はあるのではないでしょうか。

実はこれ、われわれ英語ネイティブな人間にもちょっとややこしい問題でして、もし英語の読みが見たままならば、覚える効率はもっと上がると思います。

■英語の世界における「大陸移動説」

実は、この英語学習者を苦しませている英語のスペルと発音の違いは、英語史のうえで起きた大事件と関係があります。

皆さんは大陸移動説をご存じでしょうか。その昔アメリカ大陸とヨーロッパ、アフリカ大陸などすべての大陸は1つの巨大な大陸で、それがプレートテクトニクスによって分離し、長い年月をかけて現在のような地形になったというものです。

1912年にアルフレッド・ウエーゲナーというドイツ人の研究者によって本格的に唱えられた説で、アメリカ大陸とアフリカ大陸の海岸線の形は似ているという誰もが気になる事象を説明した壮大な学説です。

英語の歴史も、この大陸移動説に匹敵する壮大な事件がありました。それが「大母音推移(Great Vowel Shift)」です。

なぜ現代のわれわれはこのような英語をしゃべっているのか、という歴史を研究する「英語史」という学問があります。大母音推移はこうした研究の中で、オットー・イェスペルセンというデンマーク人の言語研究者が明らかにした現象で、西暦1400年代ごろから1600年代ごろにかけて、英語の母音がずれてしまった現象のことを指します。

そこで今回は、単語の読みがなぜつづりどおりでないのかというギモンに応えるべく、少々英語の歴史についてお話しします。なお、字数も限られるので一部正確な説明は端折ってしまうのと、まだ研究が進められている分野であるため、不正確な部分もあるかもしれませんので、その点はご了解ください。

まず、大母音推移は具体的にどういう影響をもたらしたのでしょうか。その昔、「感じる」の「Feel 」は「フェーレ」と発音されていました。それがいつの間にか「フィール」になりました。

日本においても地域によって同じ単語の発音が違う(いわゆるなまる)ことがあると思いますが、地域や時代とともに徐々に発音がなまってゆくのは英語においても同じです。同じくTakeは「ターケ」であったものが「テイク」になり、Homeは「ホーメ」であったものが「ホーム」になるなど、われわれは500年ほど前の人とはまったく違う英語を話すようになりました。これが大母音推移というわけです。

■日本語の発音も変化している

説明し始めるときりがなくなるので詳しくはネットでググっていただくのがいいかと思いますが、日本語と同様、英語にも発音を決める母音「アイウエオ」があります。その母音の「ア」が「エ」に変化し、その結果もともとの「エ」は「イ」になり、さらに「イ」は「エイ」となり、「オ」は「ウ」というように、音の発音がずれてしまったわけです。

少し発音記号を使って解説すると以下のようになります。

西暦1400年代 西暦1500年代 西暦1600年代 現代英語
i ei ℇi ai Bite
e i i i Meet
e i Meat
a a ei Mate
u ou ɔu au Out
o u u u Boot
ɔ ɔ ɔo əo Boat

(図表:Outはオート、オウト、〈アとオの中間を経て〉アウトになっています)

日本語でこれをイメージすると、「エノコログサ(通称:猫じゃらし)」という植物があります。これは「イヌコログサ」という意味の名前で、かつてイヌではなくエノと発音していたのではないかと思います。

それが時とともにエがイになり、ノ(NO)のオがウになったので、現代語ではエノがイヌになった、しかし植物の名前としては昔の発音が残っているというようなものです。ちなみに鳥取県の西部などでは今でも犬のことをエノと発音しています。

日本語においても母音の変化というものは過去に起きています。上代、つまり奈良時代ごろに日本語は「アイウエオ」の5音ではなく、8つの母音によって発音されていたことがわかっています。例えば、同じ「き」を表すはずの万葉仮名に、ある単語には「岐」を用い、違う単語には「記」を用いる、その2つは決して混用されることはない、つまり奈良時代ごろの人は2種類の「き」という音を使い分けていた、というものです。

江戸時代の国学者本居宣長もこのことに気がついていましたが、20世紀になって橋本進吉先生によって体系的な説明がなされ「上代特殊仮名遣い」と命名されました。

「こんなことを知って何の役に立つの?」。はいはい。文法嫌いの人からそんな声が聞こえてきそうですが、実はこの大発見は、歴史認識に重大な影響を及ぼしました。

とくに『古事記』という日本最古の書籍に対し、これは平安時代に捏造された偽書だとする説はつねにあったそうですが、この上代特殊仮名遣いの法則をあてはめると、以降の年代の人には区別できないはずの母音の使い分けなどが正確にされていたことから、古事記偽書説は一掃されました。いやー、われわれ文法愛好家にとってエキサイティングなエピソードですねー!

話を英語に戻しましょう。

では、この大母音推移がなぜ起こったのか。いくら言葉は生き物とは言え、わずか200~300年程度の期間に英語の発音が劇的に変化をしたのは何らかの特殊な事情があるに違いありません。

しかしこれについては、実はまだ定説がありません。黒死病が流行したことで当時の知識階級がいなくなり、庶民の発音が一般的になったとか、1066年に起こったノルマンコンクエスト(フランスノルマン公国によるイングランドの支配)の影響であるとか、この話だけでも歴史のロマンを感じるエピソードは尽きることなくあります。

■活版印刷でスペルが「固定化」された?

大母音推移によって英語の発音はスペルと違うものになってしまった。実はそう考えるのは単純すぎる理解で、そうなるためにはもう1つ、人類史に残る大発明が関係してきます。それは、1439年ごろとされるグーテンベルクによる活版印刷の発明です。

実は、表音文字である英語のつづりというのは比較的柔軟で、単語の発音が変化するに従ってそのつづりも変えていました。

ところが、そこへ登場したのが活版印刷です。活版印刷によって、人々はさまざまな知識や情報を共有・保存できるようになり、人間の活動に影響を与えました。例えば今のキリスト教徒が世界中にいる社会は、『聖書』という書物が活版印刷によって大量に印刷されたことで世界中に広がり、その結果キリスト教徒も増えたといわれています。

一方で、活版印刷は「文字のみによる知識」というものを誕生させたことになります。1度製版された書物は何十年と保存がきくので、発音の変化とは関係なく同じスペルが固定されることになります。人類史のうえで最も偉大な発明の1つ(ほかは車輪、火薬などでしょうか)とされる活版印刷ですが、21世紀の英語学習者を悩ませることになろうとは、グーテンベルクも想像すらしなかったでしょう。

英語のつづりと発音の違いについては、ほかにもKnowの「K」やHonorの「H」、Doubtの「b」などの謎の発音しない音はなぜあるのか、大母音推移以外にもいろいろなエピソードがありますので、機会があればそれも紹介していきたいと思います。

実は私がそれなりに日本語を使いこなせるようになったきっかけも、日本語の文法に興味を持ったからなのです(ニンジャとアニメ以外の日本に興味を持つ外国人だっているのです)。まずは英語という言語の背景や歴史について面白そうだな、と思ってもらえれば幸いです。

デビット・ベネット:レノボ・ジャパン社長

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