近鉄球団消滅15年でプロ野球は何が変わったか 球界分裂騒動で近鉄ファンは置き去りに…

東洋経済オンライン / 2019年12月2日 17時0分

スト回避に向けて労使交渉が行われていた中、「スト支持」「選手会支持」などと書かれたプラカードを掲げる近鉄ファン(2004年、大阪ドーム)(写真:時事通信社)

2004年11月の球団消滅から15年。「近鉄バファローズ」は個性あふれる球団として知られていた。近鉄がオリックス・ブルーウェーブに吸収合併され、IT大手の楽天が東北楽天ゴールデンイーグルスとして新球団参入し、今でもプロ野球セ・パ両リーグ12球団は人気になっている。『近鉄魂とはなんだったのか? 最後の選手会長・礒部公一と探る』の著者である元永知宏氏とともに2004年当時を改めて振り返る。

■当初想定外だったオリックスとの合併

パ・リーグを4度制した近鉄バファローズがなくなってから15年が経つ。ネーミングライツ(球団命名権)の売却を発表したのは、2004年1月31日だった。

キャンプ地の宮崎県日向市に入ったばかりの選手たちを驚かせた記者会見の内容は、2001年に優勝した際のPR効果として算出した361億円の10分の1に当たる36億円で球団名を売却するという衝撃的なものだった。30億円以上の年間赤字を解消するための窮余の策だった。

永井充球団社長(当時)は記者会見で「営業活動は始めている。6月くらいには契約したい」と語ったが、他球団のオーナーから猛烈な反発を受けた。

球団名だけの売却に関して、読売ジャイアンツの渡辺恒雄オーナー(当時)は「明らかな協約違反だ」と激怒し、西武ライオンズの堤義明オーナー(当時)も「経営が苦しいのはわかるが、パ・リーグのイメージダウンにならないようにしてもらいたい」と語った。

球団代表だった足高圭亮(現・奈良国際ゴルフ倶楽部支配人)は、翌日から春季キャンプをスタートさせるため、監督の梨田昌孝らと宮崎入りしていた。

足高が振り返る。

「近鉄グループが全体的に苦しい時期だったのは事実。でも、本拠地も変わらず、球団経営も引き続き近鉄がやるという説明だったので、まさかあとでオリックスと合併する方向に行くとは思わなかった」

2003年の近鉄球団は、入場料、放送権料などで約35億円の収入があった。選手年俸などの人件費が23億円、大阪ドームの使用料など支出があり、その差はマイナス約50億円。本社からの広告宣伝費として補填される10億円を除いても、赤字は約40億円もあった。経営に苦しむ近鉄グループが球団を切り離したくなるのも理解できなくはない。

ところが、消えたはずの売却問題は、“球団合併”に形を変えた。6月13日、近鉄バファローズとオリックス・ブルーウェーブが合併することで合意したとの発表が行われた。6月21日の実行委員会、7月のオーナー会議で承認されれば、パ・リーグは5球団になる。近鉄の選手だけでなく、球界全体を震撼させる発表だった。

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