新型コロナで「恐慌」は絶対にやって来ない 群集の恐るべき多数決圧力を見せつけられた

東洋経済オンライン / 2020年3月27日 8時0分

ガラガラのNYタイムズスクエアでは「裸のカウボーイ」が見参。ついに恐慌が来るのだろうか(写真:ロイター/アフロ)

株価が急回復して、市場のムードはかなり変わった。まだ乱高下しているが、一部では新型コロナウイルスが根絶されたかのような雰囲気だ。

これが株式市場のいい加減なところだ。いや、それは「市場」という言葉に失礼で、「株式投資関係者」のいい加減なところだ、というのが正確だ。ただ市場とは投資家の集合体でしかないから、結局は、失礼ではあるが、やっぱり正しいのではあるが・・・。

■集団は個人よりも愚かである

「株式市場の価格=株価」が正しくない(企業の収益力を評価した企業価値と常に異なる)のは、自分の都合、期待、欲望で、投資家たちは取引しているからである。

つまり、彼らの欲望が反映されたのが株価であるから、企業の価値とは無関係に決まってしまうのだ。そんなことを言うのはいまさらなのだが、今回の新型コロナショックによる株価の乱高下ほど、このいい加減さ、自分勝手さが表れていることも珍しい。事例として行動ファイナンスの教科書に載せたいほどだ。

ここで最も重要なのは「集団は個人よりも愚かだ」、ということである。

経済学においても、集団による意思決定は様々な困難に直面することが示唆されているが、経済学の理論的な世界をはるかに超えた、群集のあまりに非合理的な変異活動現象が、現実の市場と社会では出現する。つまり集団の圧力、多数決の暴力という形で、社会に襲い掛かるのである。

【2020年3月27日19時00分追記】「集団による意思決定」にかかわる一部の表現について正確を期すため、初出時から表現を見直して上記のように修正しました。

最近のもっとも単純な例でいえば、トイレットペーパーである。マスクはともかく、トイレットペーパーが不足する合理的な理由は、普通はない。しかし、人々が品切れを恐れ殺到して買いだめすれば、トイレットペーパー不足は実現する。「トイレットペーパーと新型コロナと何が関係あるんだ」、と高をくくっていた合理的な人々は、トイレットペーパー切れで苦しむことになる。人々が買い占めれば品不足になる合理的な理由がなくても、品不足になる。非合理的な行動が多数を占めれば、世の中は非合理的な結末となるのである。

株式市場も、もちろん同じで、最初に「新型コロナウイルスが武漢を席巻した」というニュースが1月後半に世界を駆け巡った時、中国国内の人々はパニックになり、中国政府は通常ではありえない強権的な都市封鎖で対応した。だが株式市場はそれを無視し、2月12日にアメリカのNYダウ平均株価は史上最高値を更新した。2月1日に発覚したクルーズ船ダイヤモンドプリンセス号の騒ぎも、日本政府の対応を事細かに批判し、アジア極東の出来事として、見物し、批判し、ニュースのネタとしていたのである。

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