黒字でも休止、上野モノレールに復活はあるか 遊戯施設以上の存在だったわずか300mの鉄道

東洋経済オンライン / 2020年4月5日 7時10分

2019年11月に休止した上野モノレール(筆者撮影)

現代もまた、鉄道という交通機関にとっては「曲がり角」とでも呼ぶべき時代であるのかもしれない。輸送需要はめまぐるしく変化を続け、運行に大規模なインフラを要する鉄道の運営を難しいものとしている。

そのような中で、社会情勢の変化に取り残されたかのような形で、姿を消してゆく路線、車両も少なからず存在し、利用者を悲しませている。2019年11月には、上野動物園の中を走っていたモノレールが休止となった。営業距離こそわずか300mという短さながら、上野動物園になくてはならない存在だったはずのモノレールは、このまま姿を消してしまうのだろうか?

■上野に不可欠となったモノレール

上野モノレール。正式な名称は東京都交通局上野懸垂線。上野動物園の中を走る路線延長0.3kmの路線である。開業は1957年12月17日のこと。実はこの日に東京では、国鉄の新形通勤電車101系(当時の形式名はモハ90形)の営業運転が開始されたが、翌日の新聞の扱いは上野モノレールの開業を紹介する記事の方がはるかに大きかった。

それはそうかもしれない。上野モノレールは日本で初めて開業したモノレールであり、「未来の乗り物」として将来に期待されていた。毎日乗るぎゅうぎゅう詰めの電車がそれまでの焦げ茶色から鮮やかなオレンジに車体の色を変え、動力機構が変わっていたとしても、それは夢のある出来事とは捉えられなかったのだろう。

上野モノレールの営業距離はわずか0.3kmである。一度でもこの路線に乗ったことがある人であれば、その様子をすぐに思い浮かべることができるだろう。東園の側から乗れば、駅を発車した列車は一瞬木立の中を走り、すぐに右に大きくカーブしながら道路を渡り、動物園の西園を見下ろすようになると、すぐその先が終点である。

たったそれだけだから乗車を待って行列するくらいなら歩いて行ったほうが早いくらいなのだが(事実、歩いている人だってたくさんいる)、けれども、早い遅いだけの問題では片付かない、乗り物に乗ることの楽しさが、この上野モノレールには存分に詰まっていたのである。だからこそ、上野動物園に不可欠の存在として親しまれ、60年以上もの間運転が続けられてきたに違いない。

上野モノレールでは、これまで4世代の車両が運転されてきた。開業時から使用されたのがH形。1両あたりの定員は31名と小さいが、車体にはいち早くアルミを用いるなど、日本初のモノレールにふさわしい先進性がうたわれた車両だった。

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