総花的な「公的支援給付」が生まれる歴史的背景 コロナ禍に思う「バタフライエフェクト」

東洋経済オンライン / 2020年6月23日 7時45分

次は、利子・配当への総合課税を目指したグリーンカードが廃止になり、今も分離課税であるがゆえに、1億円以上の富裕層の所得税率がどんどんと下がっている図である。

もしもあのとき、グリーンカードが実施され、金融所得が総合課税の対象とされていたら、所得の捕捉率も高まり、所得税の負担率は所得が高くなるほど高くなり続けたはずである。そして、コロナ禍が人々に与える影響がさまざまである中、社会保障と税を通じて社会全体の格差の広がりを抑える効果的な再分配政策の選択肢が、われわれの目前に広がっていたのではないかとも思えるのである。

映画『バタフライ・エフェクト』のエヴァンのように、過去にさかのぼって事態を変えることができるのならば、今の状況で、日本はどのようにうまく振る舞うことができるであろうか。

■マイナンバーは社会保障ナンバーに育ちうるのか

いやいや、グリーンカード、日本型軽減税率の頓挫は、蝶の羽ばたきのようなささいな出来事とは言えず、やはりこの国は、国民自らが望んで、進むべくしてこれまで必然の歴史をたどってきたということだったのであろうか。

もしそうだとしても、これからも繰り返し不測の事態が起こる不確実な世の中で、生存権保障のためのインフラを今のままにしていくのだろうか。

本当に困っている人が誰だかわからないというままに、欠陥品の社会保障と税をこの国は抱え続けていくというのであれば、それはそれでよし。社会保障の研究者としては、マイナンバーが、権利と義務が体現された社会保障ナンバーに育つことを願うところもあるが、それが嫌だというのであれば、お好きなようにとしか言いようがない。ただ、みんなよく怒らないものだと思っていたりはする--ある意味、国民性というものだろう。

権丈 善一:慶應義塾大学商学部教授

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