「死を語るカフェ」に吸い寄せられる人々の事情 全国に広がる「デスカフェ」のネットワーク

東洋経済オンライン / 2020年7月25日 10時5分

死についてカジュアルに語る「デスカフェ」。その衝撃の実態とは?(写真:撮るねっと/PIXTA)

コロナ禍の影響でさまざまなイベントが中止・延期となる中、あるイベントに人々が吸い寄せられている。死についてカジュアルに語る「デスカフェ」というイベントだ。

思わずギョッとしてしまう名称。その実態は「死」を考えたい人なら誰でも参加できる話し合いの場だ。死別経験の有無は関係ない。

6月27日にオンラインで開催されたデスカフェに筆者も参加してみた。この日の参加者は6名だった。

■死についてカジュアルに語るイベントの実態

Web会議サービス「Zoom」の画面上で初めて会った相手と、およそ2時間「死」について語る。冒頭、主催者から「まずは黙想しましょう」と声を掛けられ、目を閉じた。

守らなければならないルールは3つだけ。「一人一人が自分の考えを表現できる場をつくる」「特定の結論を出そうとしない」「カウンセリングや悩み相談にならない」。

「死について話す」以外にテーマはない。プライバシーに配慮してハンドルネームを使用できる。「Zoom」の音声マイクを切り替えて、一度に話すのは1人だけ。沈黙の時間も大切だ。

少しの沈黙の後、参加者の発言を機に「死」に付随する話題が流れ始める。終了後は、不思議とすっきりとした気持ちになった。

「デスカフェは毎回、自分の心模様に変化があって面白い」――。そう感想を語ってくれたのは、今回が3回目の参加となるHさん(55歳)だ。

参加したいと思ったきっかけは、自身のがん体験だった。14年前に乳がんを発病。治療を続けて一度は落ち着いたものの、5年前に再発した。

「再発・進行がんは多くの場合、治らず、治療はエンドレス。再発がわかったときは、死への恐怖からずっと泣いていたし、当初は『明日にも死ぬのではないか』と思っていた」

死について考える日々だったからこそ、「語りたい」と思ったHさん。けれど、家族に話せば「縁起でもない」と言われ、相手に余計な心配や不安を与える。がんの患者会ではタブーの話題だった。

「死についてカジュアルに語る」がコンセプトであるデスカフェは、相手の死の恐怖に共感しつつも、意見を肯定も否定もしない自由な語り場だ。「病気を伝えたときの相手の反応がいちばん気になっていた。参加者から『病気には驚いたけど、嫌な気持ちにはならない』と言われたことが救いになった」(Hさん)。

話すことで気持ちが落ち着き、考えが整理されていく。参加者が話すさまざまな「死に関する体験」によって、自分自身の経験が相対化されていくのも感慨深かった。

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