日本が放置「戦争の民間被災者補償」が示す重み 戦争被害受忍論による敗訴は理不尽か、当然か

東洋経済オンライン / 2020年8月15日 10時10分

「6月のサイパンはとっても暑い。自分が『水が欲しい』と言ったもんだから、三男兄さんが水をくみに行こうとしてくれ、やかんを持った姿を今でも覚えています。それが最後。戻ってきませんでした」

「父は、飛行場建設に駆り出されていました。その父と合流できた翌日の真昼、木陰であくびしていた母が(四女の)トミ子を背負ったまま後ろにひっくり返ったんですよ。糸を引いたように真っ赤な血がぴーっと。どこかから(弾の)破片が飛んできたのか……。母は最後に『(自分を置いて)ここから逃げる前に、自分を何かで覆ってくれ』と言っていました」

サイパン戦はアメリカ軍の上陸からわずか3週間強で終結した。激戦の末、日本は敗北。戦没者は実に約5万5000人に達する。祖堅さんは父母を亡くし、きょうだいを亡くした。戦争が終わり、沖縄に引き揚げるときには、9人家族は3人になっていた。

■戦後補償に潜む「格差」

サイパン島で逃げ回っていた日々から約70年後の2013年、南洋戦で肉親らを奪われた遺族たちが国に補償と謝罪を求めて「南洋戦訴訟」を起こした。原告の多くは当時、すでに80歳以上になっていた。

第2次世界大戦時に民間人が受けた被害に関し、国に補償と謝罪を求める裁判は南洋戦訴訟の以前にもあった。名古屋空襲訴訟(提訴年1976年)、東京大空襲訴訟(1979年)、東京大空襲集団訴訟(2007年)、大阪空襲訴訟(2008年)、沖縄戦訴訟(2012年)。訴えを起こした原告団や弁護団の多くが問題にしたのは「元軍人・軍属」と「民間人」との“差別”的な扱いだ。

政府は元軍人・軍属、その遺族には恩給などにより手厚く遇してきた。ピーク時の1983年度には1兆7000億円の当初予算が組まれている。直近の2020年度でも、予算額は1640億円になった。その一方で、広島と長崎の被爆者や沖縄戦遺族らを除き、政府は民間人への補償を実施してこなかった。日本弁護士連合会はその状況を問題視し、40年以上前から「法の下の平等に反するばかりでなく(中略)平和憲法の基本精神にも背く」として、政府に是正を要望してきた。

各訴訟の原告団も「人の命に尊い命とそうでない命はない」と訴え、格差の是正を求めてきた。しかし、いずれの訴訟でも「国は不法行為責任を負わない」として、原告側が敗訴している。

なぜ、訴えは認められなかったのか。端的に言えば、戦前の大日本帝国憲法下には国家賠償法(1947年制定)が存在しなかったから、戦時中に国の行為によって引き起こされた個人の損害について国は賠償責任を負わない、という「国家無答責」の法理がある。

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