「大事故のアイドル」に家族がかけた意外な言葉 病室にかけつけて…「絶望」から救った言葉の力

東洋経済オンライン / 2020年8月27日 10時5分

入院中、家族はいつも明るく、「スーパーポジティブな言葉」をかけ続けてくれました(写真:著者提供)

東京都より「パラ応援大使」に任命され、「東京2020パラリンピックの成功とバリアフリー推進に向けた懇談会」メンバーでもある、「仮面女子」のアイドル、猪狩ともか。

彼女は26歳のある日、強風で倒れてきた看板の下敷きになり、脊髄損傷を負って、以後、下半身不随に。歩くことはもちろん、自力で立つことさえできなくなった。
絶対安静の状態からリハビリを経て、車椅子に乗りながらアイドル復帰を果たし、現在は、NHK Eテレ『パラマニア』にレギュラー出演するなど、活動の場を広げている。

初の著書『100%の前向き思考――生きていたら何だってできる! 一歩ずつ前に進むための55の言葉』が『スイモクチャンネル』(BS-TBS、8月20日放送)や『大竹まこと ゴールデンラジオ!』(文化放送、8月21日放送)でも紹介され、反響を呼んでいる猪狩ともかさんは、いったいどのようにして「前を向く」ことができたのか。本記事で、彼女の支えになった「家族の物語」を、本書を再編集して紹介する。

*事故に遭った瞬間の記事はこちら

■立てなかったステージ、6時間に及んだ緊急手術

意識が戻り、目覚めたのはベッドの上でした。最初の病院から1時間ほどの距離にある大学病院に搬送され「緊急手術をします」と言われたことまではなんとなく覚えていますが、そのあたりから記憶があいまい。緊急手術は6時間にも及び、終わったのは深夜2時頃だったそうです。

夜中、手術直後にぼんやりと意識が戻ったときは、うつぶせの状態でした。またすぐに眠りにつき、次に気づいたのは朝の6時頃。

「起きた?」と看護師さんが声をかけてくれましたが、話すことができません。のどに管が通っていて、声が出せなかったのです。

そしたら看護師さんがホワイトボードとペンを持ってきてくれて、それを使って筆談をしました。

父と母は、手術が終わって私の顔を見たところで帰ったそうです。とても疲れた様子で、泣いていたことなどを聞きました。

親を泣かせるなんて……。申し訳ない気持ちで押しつぶされそうでした。 仕事のことも聞いたけど、看護師さんにはもちろんわからないとのこと。

「出演するはずだった大阪での収録、代わりに誰か行ってくれたのだろうか……」「結局、整体もレッスンも欠席してしまったし、振り入れにも参加できなかった……」

仕事のこと、家族のことが心配でたまりませんでした。でも知らぬ間に、また眠りの世界に引きずり込まれていきました。

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