足立区の病院「クラスター発生→撲滅」の全記録 立ち入り調査きっかけに「職員の士気上がった」

東洋経済オンライン / 2020年10月2日 18時10分

バッシングを受けた病院は危機をどう乗り切ったか(写真はイメージ、写真:RyanKing999/iStock)

社会医療法人社団慈生会等潤病院(東京都足立区、164床)は8月23日、記者会見を開き、新型コロナウイルス感染症のクラスター(感染者集団)が発生したと発表した。翌日から厚生労働省のクラスター対策班などが院内に立ち入り調査を開始した。ただし、実は逆にそれをきっかけとしてかえって職員の士気は上がった。感染防止対策をさらに徹底して約2週間後の9月7日、収束宣言を出したのだ。

「やはり職員、その家族へのバッシングが始まったか」――

■職員の子どもに登校・登園拒否の動き

等潤病院の伊藤雅史院長(慈生会理事長)は足立区庁舎での会見翌日の24日朝7時半頃、1本の電話を受けて、こう思った。電話の内容は、「職員の子どもが学校や保育園などから登校・登園を控えるよう連絡があった」というものだった。

慈生会の伊藤希世子常務理事が取りまとめ役となり、情報収集を急いだ。12人(区内10人、埼玉県1人、千葉県1人)の看護職員と事務職員の子どもが登校・登園できないことが判明した。病院に子どもを連れてきて「預け場所がありません。どうすればいいのかわからない」と困惑したり、電話口で涙したりする職員もいた。結果的には11人の職員が出勤できなかった。

伊藤院長はすぐ、区の保健事業などの責任者である衛生部長に連絡したところ、約1時間後に教育長から事情を聴きたいとの電話があった。詳細を説明したところ、教育長自らがそれぞれの学校や保育園などに個別に連絡して、事態は収拾。翌日以降、子どもたち全員が学校や保育園などに通えるようになった。伊藤院長は「区長、区の幹部、そしてこの件に関わった区の皆さんの協力は、本当にありがたかった」と感謝の言葉を伝えた。

国や区ではコロナ禍の対応として事務連絡を出していて、医療関係者の子どもが学校などに通えないという事態にならないように教育現場に要請していた。それにもかかわらず、実際にクラスターが発生すると一部の子どもたちは登校・登園ができなくなった。その後も、違う形でクラスター発生の影響は続き、出勤停止となった職員の家族もいた。

【国や都の動きと、等潤病院のクラスターとの闘い】

4月7日    国が緊急事態宣言発令(7都府県)
  16日    同宣言を全都道府県に拡大
5月25日    同宣言解除
6月30日    都の新型コロナ疑い救急患者の「新」東京ルールを開始
8月17日    等潤病院で2人の入院患者が感染と診断
  23日    等潤病院 クラスター発生と記者会見で発表
       (60代~80代の男女6人の入院患者、50代の男性職員1人)
  24日から  全入院患者、全職員がPCR検査を受ける 
  同日から 足立保健所、都実地疫学専門家チーム、厚労省クラスター対策 班、感染対策チームの合同調査がスタート 
9月2日まで 
9月7日    等潤病院が収束宣言

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