森山裕「菅首相の特長は辛抱強く進めることだ」 自民党国対委員長が明かした新政権誕生の裏側

東洋経済オンライン / 2020年10月30日 8時10分

菅義偉首相を誕生させたキーマンの1人と目されている森山裕氏。菅政権誕生の舞台裏や評価、今後の展望などについて聞いた(撮影:尾形 文繁)

自民党国会対策委員長として歴代最長の連続在職日数となった森山裕氏。野党と信頼関係を築き、安定した国会運営に定評があり、菅義偉首相を誕生させたキーマンの1人と目されている。その森山氏に菅政権誕生の舞台裏や評価、今後の展望などについて聞いた。

■一度は自民党を離れた身だったが

塩田潮(以下、塩田):安倍晋三前首相が突然、辞意を表明したのは8月28日でした。

森山裕・自民党国会対策委員長(以下、森山):夢にも思っていませんでした。あのころ、体調は回復されているように思いました。28日の閣議で「引き続き頑張る」と言っていただけると思っていました。前日の27日の夜中に、「そうでもないのでは」という話も入ってきましたが、まさかそんなことないだろうと思っていたんです。

28日、閣議の後、安倍総理は菅義偉官房長官を呼んで辞意を表明され(肩書はいずれも当時)、大騒ぎになった。昼の12時すぎ、党本部に入り、二階俊博幹事長とお会いになられ、私も党本部におりましたので、その後、お目にかかってお話をお伺いしました。本当に総理として苦渋の選択をされ、責任の重さをしっかり受け止めて決断されたんだなと思いました。

塩田:もともと安倍前首相とは、何がきっかけで、どんな交流を。

森山:私は2005年の小泉純一郎内閣時代の郵政民営化問題で一度、自民党を離れましたが、次の第1次安倍内閣のとき、安倍総理の英断で党に戻していただいた。あのとき、離党組の復党で、内閣支持率が7ポイントくらい落ち、大変、迷惑をかけた。ですが、復党してみんなで党本部でお目にかかったとき、安倍総理からのお言葉は「お帰りなさい」でした。本当にお世話になった。政治家としての懐の深さを学んだ。

塩田:今年の8月28日の辞意表明の後、9月14日の自民党総裁選で、菅・現首相が岸田文雄前政調会長と石破茂元幹事長を破り、菅内閣が誕生しました。森山さんは辞意表明の翌日に二階俊博幹事長、林幹雄幹事長代理とともに菅さんと会談し、そこで総裁選への菅擁立が決まったと報じられました。

森山:私は国対委員長ですから、いつ臨時国会を開くか、その課題に取り組まなければなりませんが、自民党で総裁決定の手続きがいつ終わるかが決まらないと、次の国会の日程は定まらない。それで8月29日の土曜日、赤坂1丁目のANAインターコンチネンタルホテル東京の中の寿司屋で、私と二階幹事長と林幹事長代理と3人で話をしました。そこに菅官房長官もいたという報道もありましたが、それは間違いです。

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