白血病のJリーガー「病名公表」するまでの苦悩 酒井高徳選手が見舞い、南野選手も心配のメール

東洋経済オンライン / 2021年1月20日 21時30分

病室でネットを見ることが日課になっていた僕は、「練習場に史哉がいない」「5月以降、史哉の姿を見ていない」という書き込みをよく目にした。

そのなかには、ずっと僕のことを応援してくれてきたファンのかたもいて、自分にとっても大事な人たちの「どうしていないの?」「史哉に何かあったんじゃないか?」という言葉に、ものすごく申し訳ない気持ちを抱いていた。

診断は出ているが、クラブがそれを正式発表するまでは誰にも言えない。ファン、サポーターはもちろん、アルビレックスのチームメイトや仲のいい選手、友人にすらも言えない状態だった。

クラブにも「早川選手は体調不良により、安静にしています」とだけアナウンスをしてもらっていて、何か自分が周りにウソをついているようで、罪悪感に苛(さいな)まれた。

FIFA U-17ワールドカップ メキシコ大会のチームメイトだった、南野拓実や岩波拓也からも心配のメールを受けたが、真実を伝えることができなかった。友達からも「最近、メンバーに入っていないけど、どうしたの?」と連絡がきたが、「ちょっと調子を落としていてさ」と答えは同じで、罪悪感だけが募っていった。

そのため、アルビレックス新潟として僕の白血病を公式リリースするのかしないのか、するとしたらどのタイミングでするのかを話し合った。

比較的調子がよかった日に、広報室長の栗原康祐さんと話し合った。そのとき、栗原さんは「自分の決定も大事だけど、それだけでなく、家族ともしっかり話し合ったほうがいい」とあくまで僕側の意向を尊重してくれた。

これを受けて、僕は両親と公式リリースについて話し合った。当初、母は「公表しなくていいんじゃないか」と否定的だった。恐らく病気を公表して話題になることで、さらにつらい思いをするのではないかと、僕を守ろうとしてくれたのだと思う。

もちろん、僕も公表することで、僕自身は病室で守られているから大丈夫だが、普通に生活をしている家族は、周りからの目など負担があるのではないかと考えたりもした。でも、栗原さんはこう話してくれた。

「公表することでクラブとして公にバックアップできるようになる」

それも重要なことだと理解していた。

■人を励ます存在になりたい

このとき、僕はふと塚本泰史さんの存在を思い出した。塚本さんといえば、大宮アルディージャのレギュラーだったにもかかわらず、2010年2月に右大腿骨骨肉腫が発覚した選手だ。

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