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50歳の発達障害男性「社労士合格」に見た希望 昨年ADHDと診断されて勉強法を徹底的に変えた

東洋経済オンライン / 2021年2月5日 12時0分

高校に上がるときに両親に地元に戻りたいと懇願したが、「お前が普通じゃないから、わざわざお金を出してこの学校に入れたんだ」と却下された。ミツルさんは「普通ってなんだよと、子ども心に傷つきました」と振り返る。

在学中の6年間、大勢の同級生が脱走したり、退学したりしていった。“脱走者”が捕まると、連座制として生徒全員が罰を受けた。ミツルさんは「周りに迷惑をかけるのが嫌で一度も脱走はしなかった」と言う。入学時約100人いた同級生のうち、高校を卒業したのはミツルさんを含め10人ほどだった。

一方でよくも悪くも規律正しい生活の中で、ミツルさんの成績は伸びた。このため高校卒業後は、東京の私立大学の医学部に進学。実家では親類も含めてミツルさんの“快挙”をたいそう喜んでくれたという。

■「普通のこと」ができない

ところが入学後は、タガが外れたようにパチンコ通いがやめられなくなった。恐怖によって強いられた“規則正しい生活”は結局ミツルさんの身に付いてはいなかったのだ。慣れない東京での1人暮らしの中、自身を制御することができず、結局3年で放校処分に。親族からは「お前のために2000万円は費やしたのに、なんてざまだ」と責められた。

その後、別の私立大学に進学し、卒業後は地元の金融機関に就職。しかし、ここでは計算ミスや書類の不備をたびたび指摘された。銀行員としては致命的である。2年ほどでATMの保守点検をする担当に異動。ほどなくして自ら退職したという。

30歳を過ぎてから実家のそば店を手伝ったものの、ここでも摩擦は絶えなかった。店は地元では有名な人気店で、食事時には行列ができた。「お店が混んでくると、混乱して段取りがわからなくなるんです」とミツルさん。

例えば、温かいそばと冷たいそばを同時に出すときは、温かいそばが伸びないように冷たいそばから作るとか、「遅い」と文句を言ってくる客には先に食事を提供してでもさっさと店から出ていってもらうとか――。父親に言わせると「みんなが普通にできること」や「いちいち説明しなくても、見ればわかること」がミツルさんにはできなかった。

父親から怒鳴られない日はなく、結局、ミツルさんは厨房で製麺だけを担当するように。父親は10年ほど前、ミツルさんに店を譲ることなく、のれんをたたんだ。最後まで店の命ともいえる「かえし」の作り方を教えてくれることはなかったという。

当時、ミツルさんは結婚していた。母親の知人による紹介の「見合い結婚のようなものでした」という。父親が店をやめて失業状態となったとき、子どもも2人いた。家族を養うために懸命に仕事を探したものの、すでに40歳を過ぎており、働き口は非正規雇用ばかり。うどん店や小売店、配達ドライバーなどの仕事を転々としたが、月給はいずれも20万円ほどだった。

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