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"本州最北端"に充実の路線、青森ご当地鉄道事情 旅客・貨物の大動脈、地方私鉄、新幹線が駆ける

東洋経済オンライン / 2021年7月4日 6時30分

八戸駅に戻ってさらに青森駅を目指す旅を続けよう。八戸と青森は東北新幹線も結んでいて、新幹線はほぼ一直線に山岳地帯を抜けてゆく。対して青い森鉄道線は三沢や野辺地を経由し、陸奥湾沿いを走っている。その間の野辺地駅では下北半島唯一の鉄路である大湊線を分ける。

大湊線は下北半島の陸奥湾沿いを走り、車窓からは海、冬にはやませが吹き付ける荒涼たる沿線風景。そうした中で、陸奥横浜駅付近では菜の花畑を見ることができて、その時期には旅の一服の清涼剤とでも言うべきか。終点の大湊駅の周辺は海上自衛隊大湊地方総監部の本拠地、つまりは“軍都”である。

ちなみに、大湊駅の手前の下北駅からは、下北交通大畑線というローカル線が半島北端まで延びていた。1939年に開業した国鉄大畑線がルーツで、赤字ローカル線として1985年に下北交通に転換され、それでも事情は改善せずに2001年に廃止されてしまった。大畑線現役当時の下北駅の駅舎は建て替えられて、痕跡はほとんど残っていない。

改めて野辺地駅まで折り返す。船か何かで津軽半島まで渡れれば効率がよさそうだが、大湊駅からはその手は使えないので引き返すしか手がないのが苦しいところだ。

ここでいよいよ県都のターミナル・青森駅だ。青森駅は1891年に開業。1908年の青函連絡船の開設から1988年の廃止までの間、長きにわたって本州と北海道を連絡する役割を果たしてきた。

つまり鉄道駅としては、県都のターミナルというよりは青函連絡船との接続ターミナルという意味合いのほうが強かったといっていい。青森駅の駅舎も、1959年に完成したものをずっと使い続けており、“船の時代”の面影を色濃く残した駅だった。

しかし、そんな石川さゆりの歌が聞こえてきそうな青森駅も、2021年3月にリニューアル。青函連絡船からすでに今は新幹線で海峡を渡る時代になった。かつての面影はこうして少しずつ消えていくのだ。

■浮き沈み激しい路線

青函連絡船というと、それが役割を終えたのは1988年に青函トンネルが開通したことによる。青函トンネルに向かって青森駅から延びていくのが津軽半島の陸奥湾沿いを走る津軽線だ。もとは大湊線と同じようなローカル線だったが、青函トンネル開通とともに突然の飛躍を遂げる。

北海道を目指す特急列車が走るようになり、非電化ローカル線も青森―新中小国(しんなかおぐに)信号場間で電化されたのだ。おかげで青森―中小国間の電化区間と中小国―三厩(みんまや)間の末端区間でずいぶん格差が生まれてしまったが、北海道新幹線が開通した今では貨物列車が走る以外はもとのローカル線に戻っている。

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