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「非営利組織」経営こそ第一級の人材が必要な理由 佐治敬三と山崎正和の幸運な出会いと知的起業

東洋経済オンライン / 2021年7月12日 11時0分

この点でも山崎は周到だった。まず佐治をはじめとする歴代の理事長に、サントリー本社から財団事務局に出向する人物は、一級の人材を送ってきてほしいと繰り返し念を押した。第2に、事務局は意識的に小規模にとどめ、事務職員がさまざまな事業にそれぞれの分野の専門家とともに取り組む体制を作った。アメリカの財団にはさまざまなプロジェクトの可能性や実施状況を調査して、プロジェクトと理事会をつなぐプログラム・オフィサーという仕事が、専門職として確立している。財団が、ひいきの学者や芸術家を侍らせて金持ちが自己満足する手段ではなく、知的インフラとして継続的に成果を出すには、事務局も主体性をもって腕を振るえる制度設計と組織マネージメントが欠かせない。

山崎の企ては奏効し、サントリー文化財団が一部からはやっかみすら受けるようになったのも、学芸賞をはじめとする財団の事業の認知度が高くなったことの証左だろう。財団に関係する知識人のネットワークも着実に拡大し、「サントリー知識人」などという言葉が一部で使われることもある。実のところ、「岩波文化人」に匹敵するような思想的まとまりも、組織的影響力もまったくないが、それこそが知識人のサロンを設けて緩やかに交わる機会を提供することで、それぞれの創造を支援するという、山崎の狙った知的社交の姿だった。

こうして制度化されたサントリー文化財団だが、山崎は80歳になったのを機にその運営からはすべて手をひき、次の世代にゆだねてしまった。末席の理事である私としては、いくら制度があっても、山崎亡き後の財団に心配はある。

学芸賞の認知度が高まっただけに選考の責任は一層重く、それ自身がマンネリズムや権威主義に陥っては元も子もない。財団の国際的ネットワーク作りはまだまだ道半ばの感が強い。財団が年2回出している雑誌『アステイオン』は、もっと認知されなくてはいけないだろう。何といっても半世紀近く前に設計された制度だから不断の創造的破壊が欠かせないが、成功しただけに何を維持し何をやめるのかの判断は難しい。

■「知的・文化的起業の試み」再び

しかしもっと気がかりなのは、佐治と山崎のような幸運な出会いが今後も繰り返されるのかということだ。もちろん立派な活動を続けている民間財団は他にもすぐに思いつく。

トヨタ財団は、さすがに資金量も組織の体制もけた違いだ。中堅どころでも京都にある稲盛財団や私自身もお世話になった村田機械が設立した海外留学奨学会は、特色のある活動を続けてきた。

巨大な実験装置が必要な理学・工学系の研究に比べれば、人文社会系の学問に要する金は大した額ではないが、主として大学の教師として暮らしている知識人たちは資金を稼ぐためのビジネスやマネージメントの苦労に総じて無頓着で、ひどい場合には見下す人物もいないではない。

他方で、企業は官僚化しそのトップや重役が自身の哲学や遊び心を発揮することが難しい時代になっているのではないか。片山の新著を読みながら、山崎正和や佐治敬三が今いれば、どんなしかけで現状に挑戦するだろうか、という思いが頭をよぎった。時代の知的要請に応える知的・文化的起業の試みがさまざまな形で湧き起こることを期待せずにはおれない。

田所 昌幸:慶應義塾大学法学部教授

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