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「リベラル」こそ「ナショナリスト」であるべき理由 日本に「民主主義」を取り戻すために必要なこと

東洋経済オンライン / 2021年7月13日 9時30分

「日本の政治は日本の国民が決める」という、民主主義の最も基本的な原則は、いま本当に尊重されているのでしょうか(写真:Nutthaseth Vanchaichana/iStock)

新型コロナウイルスは、グローバリズムがもたらす「負の側面」を浮き彫りにし、「国家」の役割が再注目されるきっかけにもなっている。いわば「ポスト・グローバル化」へ向かうこのような時代の転換期にあって、国民国家、ナショナリズムを根源的に捉えなおす書、『ナショナリズムの美徳』がこのほど上梓された。

トランプ政権の外交基盤となり、アメリカ保守主義再編や欧州ポピュリズムにも大きな影響を与えたといわれるハゾニー氏の論考。われわれはどのように読み解けばいいのか。教育哲学者の古川雄嗣氏が解き明かす。

■IOCはGHQなのか?

東京五輪が強行開催されようとしている。各種世論調査の数字に表れているように、国民の圧倒的多数が不安と不満を訴えて開催に反対し、激怒と怨嗟の声が渦巻いているにもかかわらず、である。

この「東京五輪問題」の、どこが、なぜ、問題なのかは、言い出せばきりがない。ほとんどありとあらゆる点で、常軌を逸しているとしか言いようがない。

しかし、なかでも私が最も言葉を失ったのは、なんと、わが国の「首相」たる菅氏が、「東京で五輪を開催するか否かは、そもそも日本が主体的に決められることではない」という認識を、平然と語ったことだ。

彼は会見において、「それを決める権限はIOCにある」と断言した。つまり、「日本にはない」ということだ。それに呼応するように、あるIOCの重鎮も、「たとえ菅首相が中止を要求しても、五輪は開催される」と言った。さらに、長年政権のブレーンとして「構造改革」を推進してきた、ある実業家にいたっては、「『世界のイベント』をたまたま日本でやるだけなのだから、『日本の国内事情』(!?)でやらないということはありえない」「やるかやらないかという議論を日本でする意味がわからない」とまで言い放ったのである。

「IOCはGHQなのか?」という、ネット上でささやかれたという絶望の声は、まことに的確に事態を表現している。これはまさに、事実上、日本が独立国家としての「主権」を剥奪され(というよりも、みずから放棄し)、IOCという「グローバル」な組織に「服従」しているさまにほかならないのである。

ここでは、当然、「日本の政治は日本の国民が決める」という、民主主義の最も基本的な原則もまた、否定されている。日本という国家の行く末と、そこに住まう日本国民の生活が、IOCという「グローバル」な組織に売り渡されているのだ。

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