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JR初の新型特急「783系」は型破りな異端児だった 「ハイパーサルーン」の愛称でJR九州の主力担う

東洋経済オンライン / 2021年7月30日 8時30分

銀色に輝く車体に前面の大きな窓が特徴のJR九州「783系」(記者撮影)

今から30年以上前の1988年、JR九州に特急用車両「783系」がデビューした。前年に国鉄の分割民営化によってJR各社が発足したばかりで、783系はJRグループで初めて製造された新型特急車両となった。

流線型の近未来的な外観の車体に最新の車内サービスを備え、付けられた愛称は「ハイパーサルーン」。そのネーミングからは日本の鉄道の常識を変えるべく開発した車両への期待の高さがうかがえる。

■九州各地を駆け巡った

783系は1988年3月13日にエル特急「有明」として登場。当初は窓の下にJR九州のコーポレートカラーである赤色のラインを入れたデザインで、現在の九州新幹線(鹿児島ルート)に当たる九州の大動脈、鹿児島本線の博多―熊本―西鹿児島(現・鹿児島中央)間に投入された。

博多―西鹿児島間を走る停車駅が少ない「スーパー有明」は、名称に「スーパー」が付くJRの特急列車としても日本初となった。また博多―熊本間の有明には、783系とデザインを統一したディーゼル機関車と電源車を連結し、当時非電化だった豊肥本線の水前寺まで乗り入れる通称「水前寺有明」もあった。1989年には長崎本線の特急「かもめ」、翌年には大分方面の特急「にちりん」にも投入され、新生JR九州の象徴となった。

やがて1992年に鹿児島本線に特急「つばめ」がデビューすると、鹿児島方面の輸送は後輩の787系に道を譲ることになる。その後はかもめの主力となり、佐世保方面の「みどり」「ハウステンボス」と連結した13両の長編成で走る場面もあった。宮崎方面では夜行特急「ドリームにちりん」としても用いられた。

先頭部はスピード感のある「くの字」に尖った流線型。大型のフロントガラスで、客室から運転席越しに前面の展望が眺められる。JRの特急型電車で初採用だった銀色に光るステンレス車体の側面を見ると、乗客が乗り降りするドアは車端部でなく、車両の中央部にしかない。扉を境に客室がA室とB室に分けられているのがユニークだ。両先頭部の客室は、側面の窓が大きく、座席も通路より一段高い床に設置されているため、眺望をより楽しめるようになっている。

営業最高速度は時速130km。783系の投入は、九州内で急速に発展した高速バスに対抗する狙いがあった。グリーン車の座席には3インチの液晶テレビとオーディオシステムを設置。カード式の公衆電話や飲料の自動販売機も自慢の設備だった。

デビュー翌年の1989年には鉄道友の会が選ぶ「ローレル賞」に選定された。授賞理由には「特急電車として初のステンレス車体を採用した」「前面展望に優れた先頭車と多くの新機軸を盛りこんだ客室構造」といった先進的な要素とともに「一車両で一つの扉とした中央扉方式を採用し、それなりに成功している」と挙げられている。同年の「ブルーリボン賞」は近畿日本鉄道の21000系「アーバンライナー」だった。

後継車の787系が豪華な車内設備で好評を得たことから、デビュー6年後の1994年には早くもリニューアルを開始。外観のカラーリングも赤色のラインから緑・赤・青・黒の4色を配したデザインに変わった。

■現在は佐世保方面で活躍

783系は現在、主に博多と長崎県の佐世保方面を結ぶ特急「みどり」(博多―佐世保間)と「ハウステンボス」(博多―ハウステンボス間)で運用される。ハウステンボス編成は2017年に水戸岡鋭治氏がデザインを手がけた鮮やかなオレンジ色のリニューアル車が登場した。どちらの編成も片方の先頭車が流線型、もう片方は平面で貫通扉がある切妻型の車両になっており、併結して運転する。みどり編成だけの運用もある。

下り列車はハウステンボス編成が前、みどり編成が後ろになって走る。博多駅を出発すると鹿児島本線を南下、佐賀県の鳥栖駅から長崎本線に入り、佐賀駅に到着する。肥前山口駅から今度は佐世保線に移って、武雄温泉駅、有田駅を経て早岐(はいき)駅へ。同駅で分割し、みどり編成は進行方向を変えて終着の佐世保駅へ向かう。ハウステンボス編成は大村線の電化区間を進み、九州を代表するテーマパークに観光客を運ぶ。

かつては九州各地を走るさまざまな特急として、ビジネス・観光両面で多くの乗客に親しまれた783系も最近は活躍の場を減らしている。2021年春には特急「にちりん」「にちりんシーガイア」「ひゅうが」「きりしま」といった宮崎方面での運用がなくなった。

2022年秋ごろに開業を予定する西九州新幹線(武雄温泉―長崎間)の列車名は、かつて783系もその名を冠していたことがある「かもめ」。開業後、博多―武雄温泉間を走る特急「リレーかもめ」が新幹線と接続するようになる。武雄温泉駅のある佐世保線は、高速化のために振子式車両の投入が予定されており、783系の去就が気になるところだ。

■JR九州のチャレンジの原点

JR九州初の新型特急車両である783系をめぐっては社内にも強い思い入れを抱く人が多い。同社の青柳俊彦社長もその1人。「どんな車両を造るか一生懸命議論をした」と開発当時を懐かしむ。

車両の中央で2つに分かれた客室については「特急車両だけれども、ほかのエリアに比べて編成が短いので、3両でも6両の雰囲気が出せるように、というのが開発のコンセプトだった」と明かす。デビュー当初にあった3両編成の場合、各車両を扉部分で仕切って6部屋にすることで、短い編成ながらグリーン車、指定席、自由席といった設定に柔軟性を持たせられるようにしたという。

そのうえで「先頭・最後部の車両にパノラマの窓を付けたり、(眺望をよくするために)客室の床を上げたりと、やれることはなんでもやろうという思いだった。いまから見るといろいろやりすぎてまとまりがない感じもするが、783系があったからこそ、その後のJR九州の車両がチャレンジできるきっかけになったのではないか」と語る。

きょうも九州各地を個性豊かで色とりどりの特急や観光列車が巡る。西九州新幹線の開業で在来線列車の勢力図が大きく変わろうとしている今こそ、その先駆けとなった783系の歴史的価値をもう一度振り返っておきたい。

橋村 季真:東洋経済 記者

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