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上越新幹線「Max」引退、2階建て車両の栄枯盛衰 在来線グリーン車は定着、一方で消えた車両も

東洋経済オンライン / 2021年9月4日 8時0分

上毛高原付近を走るE4系新幹線「Max」(撮影:南正時)

オール2階建て新幹線として東北・上越新幹線に君臨したE4系Maxの定期運行が10月1日に終了。このE4系の引退によって、1985年登場の東海道・山陽新幹線100系以来続いた2階建て新幹線はすべて姿を消すことになった。

E4系の引退に合わせ、「2階建て新幹線」の足跡とともに、在来線や私鉄車両、そして外国の主な2階建て車両の系譜をたどってみたい。

■2階建て電車のパイオニア、近鉄

日本で初めての2階建て車両は、明治時代の1904年に登場した大阪市交通局の路面電車5号形とされている。ただ、路面電車ということもあり、2階から家の中が覗かれているようだ、という沿線からの苦情が出たため、たちまち廃止になってしまった。

本格的な2階建て車両は、近畿日本鉄道(近鉄)が伊勢志摩観光特急用として1958年に導入した10000系電車で、編成中2両が「ビスタドームカー」といわれた2階建て車両だった。さらに、1959年には大阪―名古屋間の名阪直通特急用として、10100系「新ビスタカー」が登場。名阪ノンストップ特急として運転を開始した。

この10100系は、1959年9月に襲来し各地に甚大な被害をもたらした伊勢湾台風で被災した、名古屋―伊勢中川間が復旧した同年12月に登場した。

同区間はそれまで線路幅が国鉄在来線などと同じ狭軌(1067mm)だったが、災害復旧に合わせて大阪上本町―伊勢中川間と同じ標準軌(1435mm)に変更。大阪―名古屋間の直通運転が可能になったのに合わせて運転を開始し、近鉄の花形となった。近鉄特急の2階建て電車「ビスタカー」の伝統は、今も「ビスタEX」に引き継がれている。

国鉄初の2階建て車両は、東海道・山陽新幹線開業以来の本格的モデルチェンジ車となった100系で、国鉄時代末期の1985年に登場した。

16両編成のうち食堂車とグリーン車の2両が2階建て車両で、食堂車は2階部分が展望レストラン、1階が厨房となっており、料理はリフトで運ばれていた。グリーン車は2階がグリーン席、1階は1人用、2人用、3人用の個室を設けた。個室は完全にプライバシーが保たれることから、政治家や有名芸能人などが利用していた。

1989年3月にはJR西日本が、旅客サービスの向上と到達時分の短縮を目的として7・8・9・10号車の4両を2階建て車両にした「グランドひかり」を投入した。8号車はそれまで通り食堂車だが、車内はグレードアップされメニューも多彩になった。7・9・10号車は2階がグリーン席、1階は普通車指定席だが通常よりゆったりした2列+2列のシート配置だった。

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