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ゴッホ「生前はパッとせず」早すぎた天才だった訳 印象派主流の時代にまるで違う手法で斬り込んだ

東洋経済オンライン / 2021年9月23日 18時0分

ゴッホの絵は『ひまわり』をはじめとして130年以上経った今なお高い評価を保っている(写真:popovaphoto/iStock)

「こんなにがんばっているのに、自分が評価されないのはなぜ?」

「才能がない?」

「努力が足りない?」

でも、もしかしたらそのどちらでもなく、ただ「タイミングが悪い」というだけかもしれない。

歴史上には、才能があって努力もしていたのに、なかなか評価されなかった偉人がいる。たとえばみなさんご存じのゴッホは、今でこそ絵1枚に100億円以上もの値がつけられているが、生前に売れた絵はたったの1枚、といわれている。

時代よりも早く才能を発揮してしまったすごい人たち14人の人生を追った『早すぎた天才 知られてないけど、すごかった』では、ゴッホの絵を買ったという架空の人物「謎の金持ち」が、その人生を調べ、語っている。その物語を一部抜粋、再構成してお届けする。

■ゴッホが本格的に絵の世界へ入ったのは27歳

ゴッホ。本名フィンセント・ヴィレム・ファン・ゴッホ。オランダの牧師の家に生まれた。5人兄弟の長男で、おさないころはかんしゃく持ちであつかいにくい子といわれていた。

ゴッホ、16才。絵を売る仕事、つまり画商をやっていた。しかし金もうけのことばかり考えるのがイヤになり不満をもらすようになる。数年つとめたものの、けっきょく、クビになってしまう。

23才のとき女性にふられて、キリスト教にハマり、そこからキリスト教の教えを広める伝道師を目指した。しかし、これもうまくいかず、27才で本格的に絵の世界に入った。

何かを始めるのにおそすぎるということはない。ゴッホは、画商をしていた弟のテオに生活費を出してもらい、必死に絵を描いた。描いて描いて描きまくった。死ぬまでの約10年間で、1000枚以上もの絵を描いたといわれている。

え? そんなに描いたのに、生きてる間に1枚しか絵が売れなかっただと? なぜだ。今ではこんなに価値があるのに、なぜ当時は売れなかったのだ?

絵にもそのときどきのブームがある。当時は「印象派」というジャンルの絵が人気だった。印象派とは、かんたんにいうと、これまでになかった光の表現を絵に持ちこんだ手法だ。同じ風景でも、光によって見え方が変わってくる。

ただ、もともとはこのタイプの絵も最初は受け入れられなかった。そのため印象派というよばれ方は、じつはからかいの言葉から始まっている。

一方、ゴッホは、自分だけの描き方を探して1人もくもくと描き続けた。最初は、まずしい人たちの生活を描くなど暗い絵が多かったが、印象派の絵や、日本の浮世絵などからも学ぶうち、日を追うごとに進化していったのだ。だんだんと、ゴッホにしかない色のあざやかさ、すなわち色彩で描けるようになり、ぐるぐるうねうねとした「ゴッホらしい筆の運び」も生まれてきた。

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