1. トップ
  2. 新着ニュース
  3. 経済
  4. ビジネス

ラーメン好きな人も知らない「味の地域性」の深奥 名店の追随だけでなく転勤者の文化もあった

東洋経済オンライン / 2021年10月23日 13時0分

「実は、創業者の青池保さんは東京の人。独自の工夫でコーンやバターを乗せたラーメンを開発したと聞きます。それを逆に道内のラーメン店が導入した事例も目立ちました」(同)

■君津市や小平市で「九州ラーメン」が浸透した時代

これ以外に「文化移植系」ともいえる現象があった。昭和時代、大企業の工場新設により、多くの人が移住して郷土文化が根づいた事例だ。

「代表的なのは新日鐵(当時)の製鉄所がある千葉県君津市とブリヂストンの工場の東京都小平市です。特に君津は2万人規模の従業員やその家族が八幡製鉄所(福岡県)から移住。その人たちが好む味を提供する形で、周辺に九州のとんこつラーメン店が開店していき、リトル九州ともいえる文化が生まれました。

ただ、私も君津に取材に行きましたが、今はその熱気はありません」(同)

運営企業の工場再編により生産拠点・技術拠点の位置づけが変わり、いわゆる工場文化の色合いも薄れた。

とはいえ、郷里の味への思いは、大人になっても変わらないのかもしれない。

袋麺の例でいえば「うまかっちゃん」(ハウス食品)は九州で圧倒的なシェアを持ち、九州各県の限定味も出している。この味を支持する出身者は多い。以前、大分県から愛知県に転勤した40代の男性会社員(福岡県出身)は「愛知では、あまり『うまかっちゃん』が売られていないので定期的に実家から送ってもらっています」とも話していた。

インターネットが基本インフラとなり、情報交流が活発になると、新たな潮流も生まれた。

「東京の人気店で修業した人がUターンやIターンをして開業したり、異業種から来た人が情報収集と研鑽を経て開業したり、繁盛する店の性格も変わってきました」(同)

かつてのように特定のチェーン店が「ご当地の味」を打ち出す例は少なくなった。各地にチェーン展開する「喜多方ラーメン坂内」のような人気店もあるが、総じて特徴を持った個人店が支持される傾向にある。

ラーメンの商品開発にも携わる大崎さんは、こんな本音も明かす。

「昔は、東西で味の好みがはっきり分かれ、強い煮干しベースの味を試作品で提案した時は、西日本の人からの拒否反応が強かったです。でも今は、そうした味も『おいしいかどうか』で受け入れられるようになってきました」

情報発信の拠点として「新横浜ラーメン博物館」(1994年開業)や、各地の商業施設内の「ラーメン街道」のような存在も大きいだろう。前者は「利尻らーめん味楽」(北海道・利尻島)や「熊本ラーメン こむらさき」(熊本県熊本市)といった人気店も集めている。

この記事に関連するニュース

トピックスRSS

ランキング