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フィリピン大統領選で異色のコンビが有力に 2022年5月、独裁者と現職大統領の子どもが出馬

東洋経済オンライン / 2021年11月23日 10時0分

11月15日、ドゥテルテ大統領の娘・サラ氏が大統領候補になることを訴えるサラ氏の支持者たち(写真・EPA=時事)

2022年5月に投開票されるフィリピン大統領選の構図が固まった。各世論調査でトップを走るのは、21年に渡り圧政を敷いた故フェルディナンド・マルコス元大統領の長男ボンボン・マルコス元上院議員だ。1986年の政変で一家が国を追われてから35年。マラカニアン宮殿への凱旋を夢見てきた母イメルダ夫人の執念は実るか。「ピープルパワー」で独裁者を放逐した国民は、息子を再び迎え入れるのか。これから半年、ドゥテルテ現大統領一家を巻き込んだ政治ドラマが展開される。

■現職大統領一家のドタバタ劇

ボンボン氏が本命に躍り出たのは、現大統領の長女サラ・ドゥテルテ・ダバオ市長が大統領選への立候補を見送り、副大統領候補としてタグを組むことを決めたからだ。それまではサラ氏が大統領選の世論調査で一貫して首位を独走していた。

最終的な立候補締め切りの2021年11月15日までドゥテルテ家を中心に権力闘争劇が続いた。ダバオ市長再選をめざすと言い続けていたサラ氏は11月9日、市長候補の座をドゥテルテ家の次男セバスチャン同副市長に譲ったうえで、父親の所属政党とは違う政党LAKAS―CMDに入党し、11月13日に副大統領選へ届け出た。

これに対してドゥテルテ大統領陣営は、副大統領選に立候補していた側近のボン・ゴー上院議員を大統領選の候補に鞍替えさせた。そのうえで報道官は「大統領は11月15日に副大統領選に立候補する」と発言した。親子で副大統領の座を争うのかと騒ぎとなったが、結局、大統領は11月15日、上院選に届け出た。それまで「政界を引退する」と宣言していたが、あっさりと前言を翻した。

大統領は11月14日、ラジオ番組に出演して「サラの鞍替えや副大統領立候補については何も聞いていなかった。最近は話もしていない」「サラは大統領選の世論調査でもリードしていたのになぜ副大統領を選んだのか。マルコス陣営からなにがしかの働きかけがあったのだろう」などと不快感を示し、大統領選ではボンボン氏ではなくボン・ゴー氏を推すと話した。さらにドゥテルテ氏は11月18日の会見で、ボンボン氏を「甘やかされて育った息子で、危機に対応できない弱いリーダー」などと腐した。

日本の感覚からすれば、ファーストファミリーのとんでもないドタバタ劇にみえるが、フィリピンでは一家の信用を失墜する騒ぎとはみなされていない。選挙への出馬をめぐってドゥテルテ父娘はこれまでも言を左右してきたし、大統領は他の重要な政治案件でも時に突飛な言説を繰り返してきた。

国民も食言や公約違反などと問題視することはなく、「近所によくいるおじさん」のような言いぐさがむしろ高い人気の一因にさえなってきた。一貫しない、言い換えれば変幻自在ともいえる発言は、単なる思い付きやジョーク(のつもり)の時もあるが、政治的な観測気球と受け止められる場合も多い。

家庭の事情は外からうかがい知れないし、サラ氏が父の言うことを従順に聞くタイプでないことは衆目が一致するところだ。それでも、サラ氏が勝手に動いているという大統領の発言を額面どおりに受け取るわけにはいかない。ボン・ゴー氏が大統領選に当選する可能性は極めて低いからだ。

■関係深める新旧大統領一家

ドゥテルテ氏には権力から遠ざかるわけにはいかない事情がある。2016年の就任以来、肝いりの「麻薬撲滅戦争」で、少なくとも数千人の人々が司法手続きを経ないままに殺害されてきた。政権を離れ、権力から遠ざかれば責任者として訴追される恐れが十分にあるのだ。

実際にフィリピンでは今世紀に入り、エストラダ、アロヨという二人の大統領経験者が任期後に次の政権から訴追され、投獄されている。ドゥテルテ氏の場合すでに国際刑事裁判所(ICC)が捜査を開始している。政敵が権力を握れば、収監されることも、ICCの検察官に捜査協力することもありうる。

76歳の大統領にとっては、この事態は何としても避けたい。そのためには、娘を後継に据えることが最も確実な防御となったはずだ。微妙な関係であったとしても娘は娘。家族のきずなを大切にするフィリピンにあって父が塀の中へ転落することを座視することはありえない。そもそもサラ氏の政治的地位は父親の威光があればこそだ。

それではなぜサラ氏は勝ち目のあった大統領選に出馬せず、マルコス氏と組んでナンバー2を目指すのか。私は大統領を含めた両家の合意があったとみる。

サラ、ボンボン両氏はここにきて急速に関係を深めているが、元をたどればドゥテルテ氏が大統領に就任した2016年11月、故フェルディナンド・マルコス氏の遺体をマニラ首都圏の英雄墓地に埋葬することを認めたことがきっかけだった。これが両家の距離を一挙に縮めた。

戒厳令を敷いて反政府運動を弾圧するなど強権を振るった故マルコス氏に対して、過去の政権は一家の要望を拒んで英雄墓地への埋葬を認めてこなかったが、ドゥテルテ氏はフェルディナンド氏を「史上最高の大統領」と称え、戒厳令下の人権侵害の被害者らの反対を押し切って埋葬を認めた。その後、ボンボン氏や姉のアイミー・マルコス上院議員らは大統領やサラ氏との親交を深めていった。

■身の安全を考えたドゥテルテ大統領

ボンボン氏が大統領になれば、「麻薬戦争」にからむドゥテルテ氏周辺への刑事責任追及はせず、ICCへの協力もしないとの合意があると考えるのが自然だ。サラ氏が副大統領、ドゥテルテ氏が上院議員に座れば、脇をがっちり固める体制ができる。ボンボン氏の次にサラ氏が大統領を継げば、都合12年、ドゥテルテ氏は安泰である。

シナリオどおりシャンシャンとコトを進めれば、さすがに「権力のたらいまわし」「家族による権力の独占」との批判が出るだろう。それをかわすためにあえて父娘の意思決定が独立しているように見せかけたり、別の政党に属したりする「迷彩」を施したのではなかろうか。ボンボン氏に対する辛辣な論評も一時の感情なのか、計算ずくなのか見極めが必要だ。

大統領選でボンボン氏に対抗するのはレニー・ロブレド副大統領やボクシングのヒーロー、マニー・パッキャオ上院議員、イスコ・モレノ・マニラ市長らだが、民間調査機関ソーシャル・ウェザー・ステーション(SWS)が10月20~23日に行った調査では、ボンボン氏が47%の支持を集め、ロブレド氏(18%)、モレノ氏(13%)、パッキャオ氏(9%)以下を引き離して優位に立っている。ただ現在の調査結果がそのままゴールにつながるかは見通せない。前回選挙時、ドゥテルテ氏も選挙戦中盤まではSWS調査で4位だった。

私はイメルダ夫人、ボンボン氏、姉のアイミー氏にそれぞれ個別にインタビューしたことがあるが、ボンボン氏は裕福な家に生まれた育ちの良さは感じられるものの、母のような迫力や姉のような聡明さを感じることはなかった。父の時代の国民への弾圧や隠し資産について聞いても、さほど嫌な顔もせずに淡々と答えるところは人の好さを感じさせたが、凡庸な印象はぬぐえなかった。

そのボンボン氏が大統領選でトップを走る状況をどう解釈すればよいのか。これまで上下院議員や地元の州知事を務めてきたが、立候補した前回の副大統領選ではロブレド氏に敗れている。これといった政治的実績があるとはいえず、議会での欠席や遅刻も目立つ。本人のカリスマ、政治的実績が評価されたという解釈は成り立たないだろう。

■サラの支持者がマルコス支持に乗り換えた

サラ氏の大統領就任を望んだ支持者が、ドゥテルテ家と近いマルコス支持に乗り換えたことは間違いない。政権末期になり多少は陰りが見えるものの、いまだ高支持率を維持するドゥテルテ政権の支持者らが勝ち馬に乗るバンドワゴン効果が生まれている。

前回の大統領選では、ドゥテルテ陣営が駆使したSNS戦略が当選の原動力となったとされる。その戦略や体制がボンボン陣営にも受け継がれるようだ。真偽入り混じる情報がさまざまなチャンネルで拡散され、中でも幅をきかせているのは、マルコス時代の圧政と数えきれない人権侵害、政権の腐敗と取り巻きによる国の富の収奪などを否定し、インフラ整備などマルコス政権の業績を讃える言説だ。国民の大多数がSNSを主な情報源とするこの国で、その影響は極めて大きい。

独裁政権を無血の政変で倒し、アジアや東欧の民主化に影響を与えた「ピープルパワー」に国民は誇りを持っていたはずだが、35年の時を経て「革命」後に生まれた国民が人口の7割近くを占めるようになった。世代交代がマルコスアレルギーを薄めている。

「革命」後も貧富の格差を埋める経済改革は進まず、国民の1割にあたる1000万人超が出稼ぎ先の海外から送金して国を養う状況が続いている。「革命」は結局、マルコス一派からアキノ一派へと権力の所在を変えただけではなかったのか。そうしたしらけた空気も社会に沈殿する。

権威主義、強権主義への回帰は近年、アジア各国でみられる現象だ。他国と同様にフィリピンでもリベラル派の退潮は顕著だ。民衆が街頭に出て勝ち取った民主主義を、奪い取った相手の一族に再び託すのか、そこが隣国の選挙の最大のみどころだ。

柴田 直治:近畿大学教授

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