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弱り切った娘を前に、朱雀院が抱えた「親心の闇」 「源氏物語」を角田光代の現代訳で読む・柏木④

東洋経済オンライン / 2024年9月22日 17時0分

弱り切った娘を前に、朱雀院が抱えた「親心の闇」

輝く皇子は、数多くの恋と波瀾に満ちた運命に動かされてゆく。

NHK大河ドラマ「光る君へ」の主人公・紫式部。彼女によって書かれた54帖から成る世界最古の長篇小説『源氏物語』は、光源氏が女たちとさまざまな恋愛を繰り広げる物語であると同時に、生と死、無常観など、人生や社会の深淵を描いている。

この日本文学最大の傑作が、恋愛小説の名手・角田光代氏の完全新訳で蘇った。河出文庫『源氏物語 5 』から第36帖「柏木(かしわぎ)」を全10回でお送りする。

48歳の光源氏は、親友の息子である柏木(=督(かん)の君)との密通によって自身の正妻・女三の宮が懐妊したことに思い悩む。一方、密通が光源氏に知れたことを悟った柏木は、罪の意識から病に臥せっていく。一連の出来事は、光源氏の息子で柏木の親友である夕霧(=大将)の運命も翻弄していき……。

「柏木」を最初から読む:「ただ一度の過ち」に心を暗く搔き乱す柏木の末路

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迷いを捨てきれない親心

山の帝(朱雀院(すざくいん))は、姫宮のはじめてのお産が無事にすんだと聞き、心から会いたいと思うのだが、こうしてずっと具合が悪いという知らせばかりなので、いったいどうなってしまうのかと仏前のお勤めも手に付かないほど心配している。姫宮も、こんなに弱っているのに何も食べずに幾日も過ごしているので、すっかり衰弱してしまい、これまで会わずにいた時より、ずっと院が恋しく思い出されるので、「もう二度とお目に掛かれなくなってしまうのだろうか」とひどく泣く。このようにおっしゃっている、と、しかるべき人を介して院に伝えたので、院はたえがたいほど悲しくなり、出家の身にあってはならぬことと思いながらも、夜の闇に紛れて山を出た。

【図解】複雑に入り組む「柏木」の人物系図

前もってそのような知らせもなく、突然院がこうしてあらわれたので、主人である光君は驚いて恐縮する。

「俗世のことを思い出すまいと心に決めていましたが、やはり迷いを捨てきれないのは、子を思う親心の闇でしたから、勤行(ごんぎょう)も怠りがちで、もし親子の順番通りにいかず先立たれでもしたら、そのまま会えずに別れた恨みもお互いに残るだろう、それも情けないことだと、世の非難には目をつぶって、こうしてやってきたのです」と院は言う。出家姿になっても、優雅でやさしく、目立たないように質素な身なりをしている。正式の僧衣ではなく墨染(すみぞめ)の衣裳(いしょう)を着た姿は、申し分なく清らかに見えるのが、光君にはうらやましく思える。いつものことながら、院はまず涙を落とす。

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