無人駅なのに駅員がいる「簡易委託駅」誕生秘話 「石破首相の父」提案きっかけ?鳥取から全国に
東洋経済オンライン / 2024年12月14日 6時30分
鉄道の駅は駅員配置の有無によって「有人駅」と「無人駅」に分けられる。基本的には都市部の鉄道など利用者の多い駅なら駅員のいる有人駅。ローカル線や山間部の小駅など利用者が少ないところは駅員のいない無人駅が多い。
【写真を見る】どんな人物?「簡易委託駅」導入のきっかけを生んだ、石破茂首相の父・石破二朗。松本清張の小説で有名になった木次線の亀嵩駅も簡易委託駅だ
ところが利用者が少ないはずの小駅に降りてみると、駅舎の切符売場に「駅員」が鎮座していることがある。しかもその「駅員」は鉄道会社の制服を着用しておらず、カジュアルな私服で切符を売っていることが多い。
無人化回避へ「石破首相の父」の提案
このような駅は「簡易委託駅」と呼ばれている。正式には無人駅の扱いだが、切符の販売業務に限定して外部に委託している。列車の運行にかかわる業務や集改札の業務は原則的には行っていない。委託先は駅近くに住む個人や地元の民間企業、自治体などさまざま。常駐者がいない無人駅でも、駅前の商店が切符を販売している簡易委託もある。
JRの前身である国鉄の場合、簡易委託駅の制度を導入したのは半世紀以上前の1970年のこと。そのきっかけとなった人物は、当時の鳥取県知事だった石破二朗とみられる。鉄道マニアとしても知られる現首相・石破茂の父だ。
【写真】「簡易委託駅」導入のきっかけを生んだ、石破茂首相の父・石破二朗。松本清張の小説で有名になった木次線の亀嵩駅も簡易委託駅だ
国鉄は東海道新幹線が開業した1964年度から赤字経営になり、このころから経費削減の一環として利用者の少ない駅の無人化を推進。当時は1日平均の乗車人員800人以下を目安に駅の無人化を進め
因美線は鳥取市から中国山地に入って岡山県津山市を結ぶ路線。鳥取県内の駅は12駅で、このうち1950~1960年代に開業した2駅を除く10駅が有人駅だった。計画では10駅のうち津ノ井・河原・国英・因幡社・土師・那岐の6駅を10月1日に無人化するとしていた。
しかし駅の無人化は、たとえば切符の購入について相談にのったり、列車の運行状況を案内したりする人がいなくなるということでもある。当時はスマートフォンで運行状況を確認したり、ICカードやネット予約を利用したりすることができなかった時代。当然、無人化に反対する利用者も多かった。
珍しかった「女性駅員」
因美線でも反対の声が挙がり、河原駅では無人化反対の期成同盟会が発足するなど反対運動の組織化が図られるほどだった。そこで浮上したのが切符販売の外部委託だ。国鉄の旅客局長や常務理事を経てJR東海の初代社長を務めた同社顧問の須田寛は、当時のことを次のように語っている。
そのとき石破二朗鳥取県知事は「無人化はやむをえない。しかし駅舎を貸してもらって、民間の人が駅を使って何らかの商売ができるようにしてほしい。あわせて切符も売るから、駅舎を無償で貸してもらえないか」と提案してきたのです。新しいアイデアなので会計検査院などとも相談し、無償かそれに近い値段で地元の人に貸与して商売をしてもらう代わりに切符も売ってもらうようにしました。
<須田寛・福原俊一(聞き手)『須田寛の鉄道ばなし』(JTBパブリッシング、2012年3月)より引用>
このような駅の運営は私鉄も含めれば以前からあった可能性があり
しかし委託先はなかなか見つからなかったため、鳥取県が「農協方式」を提案する。これは無人化される駅がある地域の農業協同組合(農協)に委託するというもので、国鉄と農協も県の提案を受け入れた。しかし労働組合との調整が難航し、実際に簡易委託が始まったのは10月15日から。まず国英駅と土師駅で簡易委託が始まり、残る4駅も順次、簡易委託駅に移行した。
この翌日の『日本海新聞』によると、国英駅の場合は農協が駅前に住む40代女性を専従職員として新規採用している。このころの鉄道業界は国鉄・私鉄問わず圧倒的な男社会。『日本海新聞』は簡易委託化初日の国英駅の様子について「通勤者や通学生は案外無関心な表情で開札口(原文ママ)を出ていたが、なかには窓越しにみる女性の“駅員さん”を何か不思議そうにみる人もあった」と報じている。
有名なあの駅も簡易委託
因美線への簡易委託駅の導入に先立つ1970年9月28日、国鉄は「乗車券簡易委託発売基準規程」という内規を制定している。国鉄は11枚分の乗車券を簡易委託の委託先に交付。このうち10枚分の収入を国鉄に納め、残り1枚分が販売手数料として委託先の収入になる。この場合の手数料率は約9.1%でタバコの手数料率とほぼ同じ。収入としては小さいものの、駅前商店などが本業の片手間にやる分には悪くない。
鉄道事業者側の視点で考えると、駅の合理化を図る場合は関連会社に業務委託する方法もあるが、コストの削減効果はさほど大きくない。一方で完全な無人化は大幅なコスト削減になるがサービス低下につながり、地元の理解も得にくい。わずかな手数料コストで「駅員」がいる状態を作り出せる簡易委託は、落としどころとしてはベターな選択といえるだろう。無人化後の駅舎の維持管理という面でも、「駅員」がいれば不具合などの早期発見につながるなどの利点がある。
因美線への導入後、国鉄の簡易委託駅は全国で増えていった。なかには石破知事の提案のように商店などを併設した簡易委託駅もある。有名なところでは、松本清張の小説『砂の器』に登場する木次線の亀嵩駅(島根県奥出雲町)。駅舎に出雲そば屋が併設され、店舗の営業とあわせて切符を販売している。
ちなみに簡易委託駅は鉄道マニアのあいだでも人気がある。簡易委託駅では区間や金額を印刷した紙をあらかじめ用意しておき
新しいタイプの委託駅も
現在も簡易委託化で無人化を回避するケースはあるが、それ以上に有人駅と簡易委託駅が無人化されるほうが多く、無人駅は増え続けている。国土交通省の資料によると、全鉄道駅に占める無人駅の割合は2001年度が43.3%(9514駅中4120駅)だったのに対し、2019年度末時点でほぼ半分の48.2%(9465駅中4564駅)に。20年近くで約400駅も増えた。
先に触れた因美線の簡易委託化した6駅も5駅が無人化され、残る河原駅も現在は平日の一部時間帯のみ切符を販売する「ほぼ無人駅」だ。利用者の減少に加え、老朽化に伴う駅舎の解体で切符を売るスペースがなくなったことや、委託先の高齢化で後継者がいないことも背景にある。
こうしたなかで新しい動きも出てきた。内房線の江見駅(千葉県鴨川市)の場合、JR東日本と日本郵便が連携し、郵便局を併設した駅舎を新たに整備。2020年8月、江見郵便局がここに移転する形で使用を開始した。JRの駅員は常駐していないが、郵便局が切符を販売。さらに列車の発車時刻や運賃の案内、精算、交通系ICカードの販売やチャージも取り扱っている。
駅員がいないからといって必ずしも不便とは思わないが、「駅員」がいないことの不安感、「駅員」がいることの安心感は確かにある。石破首相には父を超える無人化回避の方策を示し、実行してもらえればと思う。
草町 義和:鉄道プレスネット 記者
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