東北の高速バス事情 列車からバスへ継承された「夜行文化」、新幹線延伸でどう変わった

乗りものニュース / 2018年12月30日 6時0分

青森・弘前と東京を10時間50分で結ぶ弘南バス「スカイ号」。日本最長距離を走る昼行便(中島洋平撮影)。

東北では、往年の夜行列車から「夜行文化」を引き継ぎ、首都圏へと毎日走る夜行高速バスがいまも堅調。都市間を結ぶ昼行路線も地域の足を担っているほか、新参事業者も頭角を現してきています。

「ノクターン号」が切り開いた夜行バス文化

 東北地方の高速バス最大の特徴は、夜行列車が多数運行されていた時代から綿々と続く「夜行文化」を引き継ぎ、北東北から首都圏へ向かう長距離夜行路線が、いまも「元気」な点です。もちろん、ほかの地方と同様、中核都市である仙台市を中心とした短・中距離昼行路線のネットワークや、福島県など南東北から首都圏への昼行路線もあります。なお、仙台~首都圏路線については成長の経緯などが異なるため、本記事では割愛し別の機会に紹介することにします。

 古くは、石川啄木の「ふるさとの訛なつかし停車場の 人ごみの中にそを聴きに行く」という歌(啄木は岩手県出身で、「停車場」とは上野駅とされる)や、高度成長期に「金の卵」と呼ばれた東北の中学卒業者が東京に集団就職した歴史に象徴されるように、東北地方と首都圏の人的交流は以前から活発でした。冬場の農閑期には首都圏へ出稼ぎに向かう人も多く、特に年末の帰省ラッシュ時にはたくさんの人が故郷を目指しました。

 1982(昭和57)年、東北では新幹線が大宮から盛岡まで開業しましたが、青森県や秋田県から首都圏、あるいは中核都市である仙台のあいだを移動するのは、依然として半日がかりでした。首都圏や東北のバス事業者らは、帰省ラッシュ時限定で主催旅行(現・募集型企画旅行)形式の「帰省バス」を運行していましたが、1986(昭和61)年、青森県の弘南バスが京浜急行電鉄と共同で、乗合の夜行高速バス「ノクターン号」(弘前~東京)の通年運行を開始します。眠っているあいだに移動できる夜行高速バスは、出張客や帰省客などに好評を得て人気路線となり、1995(平成7)年には2列配置(車両の両側に1席ずつ配置)の上級座席「スーパーシート」も登場しました(その後廃止)。この路線の成功は、東北のみならず全国で高速バス路線が急増するきっかけとなったのです。

 現在、青森や秋田、盛岡といった県庁所在地はもちろん、五所川原、弘前、むつ(青森県)、大館、能代(秋田県)、久慈、宮古(岩手県)、鶴岡、酒田、新庄(山形県)といった都市から首都圏へ夜行高速バスが運行されています。また、仙台、山形、酒田、福島、いわきから大阪へ、仙台から名古屋への夜行高速バスもあります。仙台など東北の各空港と大阪を結ぶ航空路線はありますが、距離が長い分、運賃の差も大きいことで、高速バスが一定のシェアを確保しています。

昼行路線も活発 高速バスが「通勤通学の足」にも

 一方、短・中距離の昼行高速バスは仙台を中心に路線網が形成されています。山形線(最大80往復)、福島線(最大27往復)など短距離路線は自由席(非予約)制で高頻度に運行され、片道3時間を超す秋田や弘前、青森などへは座席指定制が採用されています。これらの路線は、仙台を拠点とする宮城交通やジェイアールバス東北が、福島交通や秋田中央交通など各県を代表する事業者と共同運行しています。仙台発着以外では、大館~盛岡、庄内地方(鶴岡、酒田)~山形などで、高速バスは大きなシェアを持ちます。

 異色なのは、いわき~郡山~会津若松線です。1969(昭和44)年に運行が開始され(当初は一般道経由。高速道路延伸により高速道路に変更)、常磐交通自動車(現・新常磐交通)が2階建てバスを導入するなど観光要素もありました。現在ではピーク時に20分間隔で運行され、並行する鉄道よりも便利なことから、福島県内における通勤通学の重要な足になっているのです。

 福島県は、首都圏へも昼行便の運行に適した距離にあるため、いわき~東京(33往復)をはじめ、福島、郡山、会津若松から東京線が運行されています。いわき~東京間は、所要時間が3時間強と鉄道(特急で2時間強)より長いものの、インターチェンジ周辺でパーク&ライド(高速バス停周辺の駐車場にクルマを停め、高速バスに乗り換える)環境が整備されていることから、地元の人にとって自宅から東京都心への所要時間は大差なく、高速バスが東京への足として定着しています。会津若松~東京間も、鉄道だと乗り換えが必要なことから、高速バスが大きなシェアを持ちます。

いまや「朝9時台には東京着」 新幹線の新青森開業が与えた影響

 近年は飛行機などとの競合により、全国的に長距離夜行路線が衰退傾向にあります。そのなかでも東北では長距離路線の需要が旺盛ですが、2010(平成22)年に東北新幹線が新青森まで延伸した影響は大きく、変化も起こっています。

 青森県や秋田県の人が在来線と新幹線を乗り継いで東京に向かっていたころは、地元を早朝に出ても東京着は昼前となり、午前中に東京で予定を入れるには前泊が必要でしたが、現在では新幹線で朝9時台に都心へ到着することができます。航空会社も、自治体の補助を得るなどして青森空港や秋田空港を早朝に離陸する便を設け、朝8~9時台に羽田空港に到着できるようになりました。同様に、東京発下りの新幹線、航空便も遅くまで運行されています。その結果、以前のように「夜行が便利だから」高速バスを選ぶ出張客らは減り、市場は縮小傾向にあるのです。

 それでも、前述のとおり弘前、大館、宮古、気仙沼といった、鉄道だと乗り換えが必要な都市から首都圏への夜行路線は比較的好調です。たとえば弘前~東京間は、最初に紹介した弘南バスが「ノクターン号」(3列シート。京浜急行バスとの共同運行で片道あたり毎日2~3台)、「パンダ号」(4列シート。単独運行で毎日3便5台)、さらにこれほどの長距離にも関わらず昼行便「スカイ号」を1台、運行しています。これ以外に、ジャムジャムエクスプレス(東京都)など、いわゆる「高速ツアーバス」からの移行事業者による便もあります。

「ノクターン号」は一時期、毎日片道5台での運行でした。現在、平時はそれより数が減っていますが、年末年始など帰省ラッシュのピーク日には貸切バス車両を大量に続行便として投入し、10台を超える運行もあります。また、3月に弘前バスターミナルから「ノクターン号」に乗車すると、進学や就職のために東京へ旅立つ若者を、同級生たちが見送っている姿を目にします。出張客らの需要が減るなか、高速バス利用者は運賃を重視する若年層が中心となりつつあるのです。

「伸びしろ」大きな東北の高速バス 新参の個性派も

 東北の短・中距離昼行路線の状況を見ると、他地域と比べ地域内で強力なリーダーシップを発揮する事業者がいないことから、運賃の多様化やパーク&ライド環境整備など新しい施策が一部を除いて手つかずで、逆に言えば「伸びしろ」は大きいと言えます。北東北では、各都市の人口規模が他地域に比べて小さいうえ、都市間の距離も長く、また冬期は積雪に備えて交替運転手の乗務が必要な路線も多いため、昼行路線の「成功パターン」であるワンマンによる高頻度運行が困難だというハンディがあります。他地域の成功事例をよく研究したうえで、東北の環境に合った戦略を考える必要があるでしょう。

 個別の事業者をみると、興味深い会社のひとつが桜交通(福島県)です。2002(平成14)年、乗合バスの規制緩和と同時に福島~仙台線へ後発参入しますが、高頻度運行がカギになる短距離路線では既存事業者の便数に対抗できず、すぐに撤退します。しかし、ウェブマーケティングの活用しだいで成果を出せる長距離路線(仙台~首都圏)に主戦場を移し、高速ツアーバス形態で参入し成功すると、他地域の同業者を買収するなどして、現在では全国規模の高速バス事業者に成長しました。

 福島県では、東北アクセスも個性的な事業者です。もともと南相馬市を拠点とした貸切バス事業者でしたが、2011(平成23)年の東日本大震災以降、長期間不通となった鉄道の代替交通として南相馬~仙台線の路線バス事業に参入しました。高速道路の復旧や延伸により一般道経由を高速道路経由に変更するとともに、新たに南相馬~福島線、いわき線も新設し、一気に中堅規模の高速バス事業者に踊り出ました。2018年秋には、常磐道南相馬ICの正面に本社および営業所機能を移転。バスターミナルやパーク&ライド駐車場なども併設する交通結節拠点を開設しています。

 また、岩手県北自動車、福島交通、会津乗合自動車らは現在、「みちのりホールディングス」(再生ファンド子会社の持株会社)の傘下にあります。老舗の乗合バス事業者ならではの地元における存在感、住民からの信頼と、最先端の経営手法との組み合わせが高速バス事業をどのように変えていくか、注目されます。

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