【あの人は今】M-1グランプリを賑わせた芸人たちの現在 / テツandトモ、パンクブーブー、ハリガネロックなど

トリビアニュース / 2018年3月22日 7時0分

【あの人は今】M-1グランプリを賑わせた芸人たちの現在 / テツandトモ、パンクブーブー、ハリガネロックなど


毎年12月に開催されているナンバーワン漫才師を決める大会といえば「M-1グランプリ」だ。これまでにも数々の芸人たちがM-1グランプリ決勝での活躍をきっかけにブレイクを果たしてきた。2017年大会で優勝したとろサーモンの現在の活躍を見ても、M-1グランプリで活躍した効果は大きいと言えるだろう。

消えてしまった芸人もいる?
しかしすべての出場者が華々しい活躍をしているとは限らない。M-1グランプリの第1回大会が始まったのは2001年で、途中休止していた期間もあるものの、すでに17年の歴史があるのだ。残念ながら現在は見かけなくなってしまったコンビも存在するのである。

そこで今回は、現在テレビであまり見かけないM-1決勝出場芸人たちの現在に迫ってみた。意外な活躍を続けている芸人や、残念ながら解散してしまった芸人など、知られざる事実が明らかになる。

テツandトモ
2002年の第2回大会で決勝進出したテツandトモ。漫才なのかどうなのかという物議を醸した結果6位に終わるも、翌年に「なんでだろう」が流行語大賞に選ばれるほどの大活躍を見せたのは周知の通り。

しかしテレビで見かける機会は徐々に減り、一発屋芸人と評されることも多くなってしまったが、実際は営業の仕事が激しく増加していた。2014年11月には過去最高となる24ヶ所の営業をしていたそうで、多忙すぎるがために1週間帰宅できないこともあるそうだ。2017年には20周年を記念し、20周年記念アルバム『20周年で、なんでだろう』も発売している。


アンタッチャブル
2003年の第3回大会で大会史上初の敗者復活からの最終決戦進出を果たし、翌年の第4回大会で数々の大会記録(審査員全員からの単独1位、歴代最高得点、審査員の最低点数が95点など)を残して優勝を果たしたアンタッチャブル。現在も山崎弘也、柴田英嗣ともに活躍をしているが、コンビとしての活動は2010年に柴田が1年間芸能活動を休業して以来まったく行われていない。

事実上解散状態ではあるのだが、お互いがテレビ出演時にはコンビ名を名乗り、現在も交流はあるらしく、単独ライブでコンビ復帰を果たしたいという夢を抱いているそうだ。

ハリガネロック
2001年の第1回大会で準優勝を果たし、強烈なインパクトを残したハリガネロック。2002年にも決勝進出を果たしたが、2003年、2005年と決勝進出を逃したことが象徴するかのようにテレビ出演機会が激減。その後2008年には単独ライブを行わず、新ネタの制作もやめるようになり、ハリガネロックとしての活動ペースも抑え気味に。

その後、大上邦博からの呼びかけによって2011年から始まった「THE MANZAI 2011」への出演を決めるが2回戦敗退。その2年後の「THE MANZAI 2013」にも出場し、決勝に行けなければ解散しようと進退をかけて臨むも、結果は同じく2回戦敗退。翌年に解散を発表し、現在、大上は芸人としては引退してタレントに転身。ユウキロックは構成作家・ライター・養成所の講師として活動している。

POISON GIRL BAND
2004年から2007年までの4年間で3度も決勝に進出したPOISON GIRL BAND。3度の決勝進出のうち2度が最下位だったため、あまり印象に残っていない人も多いかもしれない。実は他のほとんどのコンビが代表的なネタをM-1で披露していたのに対し、彼らは新ネタだけで大会に臨んでいたのである。本当の実力をあえて発揮していなかったのだ。

2008年以降も出場を続けたが、大会が一旦終了する2010年まですべて準決勝敗退。2015年にM-1グランプリが復活し、出場資格が結成から15年以内に拡大されたため、再び出場をするもやはり準決勝敗退だった。現在もライブを中心に地道に活動を続けている。


変ホ長調
2006年の第6回大会に、芸能事務所無所属のアマチュアとして初めてM-1グランプリ決勝進出を果たしたコンビとして話題となった変ホ長調。結果は9組中8位だったということもあり、出場後は大きな話題となることもなかった。

その後は2008年、2009年のキングオブコントにメンバーを追加して参戦しているものの結果は残せず、その後の活動を知る人はほとんどいない状態だったが、実は2015年~2017年のM-1グランプリ予選にもアマチュアのまま参戦している。ただし結果はいずれも2回戦敗退という厳しいもの。再び決勝の舞台に上がることはあるのだろうか。2018年の活躍に期待したい。

ザ・プラン9
なだぎ武、浅越ゴエ、ヤナギブソンなどが所属する5人組として2006年の第6回大会決勝に進出したザ・プラン9。結果は7位に終わり、2007年のM-1グランプリにも参戦したものの準決勝直前に浅越が急性肝炎で入院したことにより棄権。以来M-1グランプリには出場していない。

その後、2008年に鈴木つかさが脱退すると、2015年にはなだぎも脱退。5人組という最大の個性を失い、3人組として活動を続けているが、2016年にはメンバーの増員を計画していることも明らかにしている。今後再び5人体制に戻ることもあるのかもしれない。


パンクブーブー
2009年の第9回大会で優勝し、2010年大会でも敗者復活を経て3位になるなど、爆発的な活躍を見せたパンクブーブーだが、その当時と比べると現在はすっかりテレビなどで見かけなくなってしまっている。2018年3月時点でのレギュラーは九州朝日放送の番組2本と、TBS系列「爆報! THE フライデー」、Eテレ「天才てれびくんYOU」の準レギュラーくらいだ。

ところが現在は営業を中心にかなりの金額を稼いでいるそうで、黒瀬は2017年にテレビ出演した際に月収180万円という衝撃の事実を明かしている。漫才の確かな実力があり、M-1グランプリやTHE MANZAIの優勝コンビという肩書きもあり、同じネタを使いまわしてもバレない地方営業はパンクブーブーにとって天職だったのだろう。

りあるキッズ
11歳でコンビを結成し、13歳で吉本興業に所属。2003年のM-1グランプリに正統派漫才で挑み600点超えを果たすも5位に終わってしまった実力派コンビ・りあるキッズ。2006年までM-1グランプリには挑戦し続けたものの準決勝までしか進むことができず、以降は関西を拠点に地道に活動を行っていた。

その後転機となったのは2014年。東京進出を果たしたものの、ゆうき(長田融季)が吉本興業を退社することに伴い解散。退社の理由はプライベートな問題とされているが、知人や芸人仲間から数千万円レベルの借金を重ねてしまったことが原因だと噂されている。


島田紳助
出場者ではないが、M-1グランプリの企画人として大きく携わった島田紳助さんのことも忘れてはならない。2011年に芸能界を引退して以来、ほとんど公の場には出てきていないため、現在の様子は噂が独り歩きしているような状態だ。

ところが島田紳助さんの近況について、親交が深い芸能人がテレビなどで言及したことがある。松本人志さんによると、島田さんは2017年の時点でかなりムキムキのマッチョボディになっているそうで、板東英二さんの証言によれば髪の毛はロングヘアーになっているとのこと。風貌が大きく変わっていることは間違いなさそうだ。

予選1回戦は例年8月スタート
おそらく2018年も例年通りM-1グランプリが開催されることになるだろう。予選の1回戦は例年8月頃からスタートする。今年はいったいどんなドラマが生まれるのだろうか。

ちなみに大会のエントリー費用は1組わずか2000円である。変ホ長調のようにアマチュアでも参加することが可能であるため、腕に自信のある方は大会出場を目指してみてもいいだろう。

■執筆・監修:Mr. Fox
執筆、撮影、編集家。日本生まれ、生年不詳、トレードマークはキツネの顔。世界各国を回りながら、メディアに関わる仕事をしてます。人のアイデアを転がします! コンコン。https://twitter.com/im_mr_fox/

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