潮位変化「前例ない」は本当か 津波警報の遅れと防災情報のあり方
ウェザーニュース / 2022年1月18日 20時30分
15日(土)から太平洋の広域に押し寄せている津波は、トンガの火山 フンガトンガ・フンガハアパイの大規模噴火によるもので、大気中を伝わる衝撃波「空振」が原因であった可能性が指摘されています。
気象庁は「津波かどうかわからない」「前例がない」という理由から、1メートルを超える高さの潮位変化が観測された後になってから、津波警報や注意報を発表しました。一歩間違えれば手遅れになり、人的被害の発生していた可能性も否定できません。
この対応について、今後の防災情報に活かすべく考察をしてみます。
日本で潮位変化を観測してから4時間後の警報発表
津波警報発表までの時系列
トンガで噴火が発生したのは15日(土)の日本時間の13時過ぎでした。気象衛星画像でも即座に巨大な傘状の噴煙が確認出来たことから、非常に規模の大きな噴火と判断ができたため、航空機向けの情報などが迅速に発信されました。
その約1時間後には、アメリカ領サモアで0.6mの潮位変化が観測されました。太平洋津波警報センターは「火山活動により津波が発生した」として、噴火から約1時間半後に当該地域に津波注意報を発表しています。
18時を過ぎると、ハワイでも津波が観測され始めます。これは通常の「海中を伝わる津波」として計算されたよりも2時間ほど早い到達でした。これを元に、19時43分に太平洋津波警報センターはハワイにも津波注意報を発表しました。事前に発信されていた「津波の脅威はない」という情報を打ち消す発表でした。
20時頃には日本でも気圧の変化や潮位変化が観測され始めます。21時台には本州の沿岸でも海面上昇が0.3mを超え、23時台には1mに迫るところが多くなってきました。通常の地震であれば、0.2m以上の海面上昇は津波注意報の対象です。
そして0時前に奄美市小湊で1.2mの海面上昇が観測されます。1m以上の海面上昇は津波警報の対象です。ここで気象庁はようやく津波警報を発表しました。0時15分、最初の潮位変化から4時間以上後のことでした。
「前例ない」は本当か
気象庁は、この潮位変化が通常の津波よりも3時間ほど早く日本に到達していることや、経路上の島々で大きな潮位変化が観測されていなかったことなどから、津波かどうかわからない、前例のないことだと指摘していました。
大規模な火山噴火に伴って発生する津波としては、山体崩壊によって大量の土砂が海中に流れ込むケースや、爆発による海面隆起などのケースがよく知られています。今回の津波も、こうした現象によるものが含まれている可能性が考えられますが、そのパターンにはあてはまらない特徴があったというわけです。
ただ、全くの前代未聞かというと、そうともいえません。1883年に発生したインドネシアのクラカタウ火山の大規模噴火の際は、今回日本に到達したとみられるものと同様に「海中を伝わる津波」ではない潮位変化が起きたとの研究があります。この際はインド洋や太平洋だけでなく、北米大陸を挟んだアメリカ東海岸でも潮位変化が観測され、大気の波動によるものと結論づけられました。近代の観測網によるものではありませんが、過去に全く事例がなかったとは言い切れません。
「津波」と呼ぶのをためらう必要性はあったか
さらに気象庁は、海中を伝わる「通常の津波」ではない現象だったが、伝えるすべがないため津波警報の仕組みを活用したとの旨を説明していました。
地震や山体崩壊などで発生したものだけを「津波」と呼ぶのが適切かどうかは意見が分かれます。例えば、気圧変化や風、湾の地形などが原因で潮位変化が起こる副振動という現象がありますが、海外ではこれをMeteotsunami(意:気象津波)の語で呼ぶことがあります。気象由来であっても津波という現象として呼ばれているわけです。
「波」と「津波」の周期の違い
「津波」は周期が数十分〜1時間程度という非常に長い波です。一方で、風で起こる「波」や、台風発生時などにやってくる「うねり」は、周期が数秒〜数十秒という波です。波の「高さ」が同じであっても、押し寄せるエネルギーが格段に違うため、注意喚起の観点でも「波」と「津波」は分けて考える必要があります。
一方で今回の潮位変化は、周期は数分〜数十分程度という非常に長い波であったため、「津波」と同様に非常に危険な波といえるものでした。通常の津波と同じ性格を持っているといるため、これが観測されはじめた段階で「津波」への注意喚起を行うことが、学術上・呼称上不適であったとしても、防災上は適切であったのではないかという意見もあります。
もし「津波かどうか」にこだわらなければ、多くの人が寝静まる前の22時頃までには、広く津波注意報を発表できていたと考えられます。
過去にも津波警報の遅れ 今回の教訓を次への備えに
火山の噴火が由来ではありませんが、津波警報が大幅に遅れて発表された事例は過去にもありました。
1960年に発生した南米チリの超巨大地震では、約1日かけて日本列島に大津波が襲来し、全国で死者142人という甚大な被害が出ました。
この大惨事について気象庁は当時の報告書の中で、
(1)遠方からの津波に対して十分な知識がなかった
(2)津波警報が近海の津波にのみ対処するようにできていた
ということが、警報が遅れた原因と述べています。
その後、知見の集約に加え、海外の地震に対する津波予報の仕組みが立ちあげられ、現在に至っています。
津波か津波でないかは問題ではなく、今回のように火山の爆発による空気振動が被害を及ぼすような潮位変化をもたらすということを教訓に、次への備えをしていく必要がありそうです。
【山口 剛央】
ウェザーニュース予報センター所属の気象予報士。
同社が発信する独自番組「ウェザーニュースLiVE」解説員。
気象に加えて地震、津波、火山に関する解説を担当。
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