【平成サッカー30年の軌跡】 平成30年/2018年 ロシアでのサプライズに日本熱狂

超ワールドサッカー / 2019年4月30日 19時0分

写真:Getty Images

新元号が「令和(れいわ)」に決定し、2019年4月30日をもって幕を閉じる「平成」。日本サッカーにとって、「平成」という時代は大きな変革を遂げた30年間となりました。Jリーグ設立、ドーハの悲劇、日韓W杯招致…。激動の30年を平成の出来事と共に振り返ってみましょう。

世の中の流れ

2018年、韓国で平昌冬季オリンピックが開幕。羽生結弦選手が陰陽師をイメージした曲での演技を披露し、圧巻のパフォーマンスを見せて連覇を達成した。

■平成最後はスポーツの年に
平成最後の1年となった、平成30年(2018年)は、オリンピック、FIFAW杯に加えて、スポーツ界で様々な話題が生まれました。

まずは2月に韓国で開幕した平昌オリンピックは、大きな盛り上がりを見せました。日本選手団は金メダル4つを含むメダル13個を獲得。特に男子フィギュアスケートの羽生結弦は圧巻の演技で金メダルを獲得し、オリンピック連覇を果たしています。また、女子カーリング日本代表のロコ・ソラーレは銅メダルを獲得。試合を重ねるごとに注目を集め、競技中の「もぐもぐタイム」や「そだねー」という掛け声はブームを巻き起こしました。

また、このオリンピック中には韓国と北朝鮮が一部競技で南北合同チームとして大会に参加する等、双方が歩み寄りの姿勢を見せ話題を呼びました。オリンピック閉幕後の4月には南北首脳会談も実現し、緊張緩和の兆しを見せています。

スポーツ界ではその他にも、女子テニスの大坂なおみが自らの憧れの選手であるセリーナ・ウィリアムズを破って全英オープンで初優勝。これは日本人初のテニス4大大会制覇となりました。野球界でも大谷翔平がメジャーリーグのロサンゼルス・エンゼルスに移籍。メジャーでも投手と打者の二刀流としてプレーし、その活躍に日本中の注目が集まりました。また大谷は、2018シーズン、日本人としてはイチロー以来となる新人王を獲得しています。

その他、築地市場で豊洲移転前最後となる初競りが行われた他、歌手の安室奈美恵さんが引退する等、「平成」という一時代の終わり感じさせる出来事も多く起こりました。



サッカー界
大会直前での監督解任に、サッカー協会への不信感が生まれた。

■W杯直前での解任劇
2018年、日本は6月に迫ったロシア・ワールドカップに向けて準備を進めていました。しかし、チームの状況は上がらず、3月に行われたベルギー遠征でもマリとウクライナに、それぞれ1-1、1-2で1分1敗と結果が出ていませんでした。W杯を目指して約3年間進めてきたチーム作りから、W杯で勝つためにシフトしている状況ではありましたが、ここにきて上手くいっていないことを感じさせる結果となってしまいます。

そして迎えた4月。W杯を2カ月後に控えたこのタイミングで、日本サッカー協会が衝撃の決断を下しました。それは、ヴァイッド・ハリルホジッチ監督の解任です。解任理由としては「コミュニケーション不足」とし、後任には技術委員長を務めていた西野朗氏の就任が発表されます。W杯開幕まで約2カ月というタイミングでの突然の解任にも関わらず、十分な説明もしなかった協会に対して、不信感を持つファンを多く生む結果となってしまいます。また、日本代表に対する期待もさらに下がり、W杯開幕前には、これまでにない程、世間は冷めた雰囲気となっていました。

■崖っぷちの状況で団結力を見せた日本
初戦のコロンビア戦で値千金のゴールを決めた大迫。「大迫半端ない」が大ブームに。

急遽監督となった西野朗監督の下、日本代表は直前の親善試合に臨みます。しかし、ガーナ、スイスと0-2で連敗。ゴールも奪えず、結果も出ないという最悪の状況となり、監督交代が完全に裏目に出たものとバッシングが止みませんでした。

しかし、W杯前の最終試合となるパラグアイ戦で4-2と勝利。なんとか結果を出して本大会に臨むこととなりますが、国民の期待はほとんどない状況。盛り上がる様子は全くなく、期待を受けないまま初戦を迎えることとなります。

日本の初戦の相手は、前回大会で予選敗退の止めを刺されたコロンビアでした。この試合でも厳しい戦いになることが予想されましたが、まさかの展開を迎えます。前半6分にコロンビアのカルロス・サンチェスが香川真司のシュートをボックス内でハンド。これにより日本がPKを獲得し、カルロス・サンチェスは一発退場となります。そのPKを香川真司(現ベジクタシュ)が自ら冷静に決めて先制します。

39分にはボックス手前でFKを与えると、フアン・キンテーロにFKを決められ、同点に追いつかれてしまいます。それでも、73分にコーナーキックを獲得すると、本田圭佑(現メルボルン・ビクトリー)のクロスに大迫勇也(現ブレーメン)が頭で合わせ、値千金の勝ち越しゴール。そのまま2-1で日本が勝利を収めます。1人少ないコロンビア相手にギリギリでの勝利となりましたが、日本の勝利に多くの国民が日本代表を見直す結果となりました。

第2戦の日本の相手はアフリカ勢のセネガルです。初戦の結果を受け、国民も日本代表に期待するべきか、まだ半信半疑な状態での第2戦でした。しかし、日本はこの試合でも2度リードされる展開となりながらも粘り強く戦い、2-2のドローで勝ち点を取ります。この日本代表の戦いぶりに国民も次第に期待し始めました。

■前代未聞の「パス回し」に世論真っ二つ
異例の状況に判断を迫られた西野監督。この決断は賛否両論を呼んだ。

決勝トーナメント進出をかけた第3戦の相手は今大会まだ勝利のないポーランド。選手の疲労も考え、日本はメンバーを変えて挑みますが、59分にポーランドに先制点を許してしまいます。同点に追いつくべく、ゴールを目指した日本でしたが、同グループのセネガルがコロンビアに0-1で負けているという報せを受けます。このまま試合が終わった場合、日本とセネガルは1勝1分1敗の勝ち点4で並び、得失点差、及び総得点でも全く同じ成績となります。その場合は大会のルールで、フェアプレーポイントでの判断となり、イエローカードやレッドカードが少なかったチームの順位が上になるとの決まりがありました。

0-1でポーランドに負けていた日本でしたが、そのルールが適用されれば、順位は2位となり予選グループ通過となります。このルールを受け、負けているはずの日本が、試合の残り約10分、自陣でボール回しをして時間を潰すという前代未聞の戦略に出ました。

セネガルvsコロンビアの試合が動けば、無駄になる作戦。自力でどうすることもできない状況ながら、大きな博打に出た西野監督。もう1試合の結果を気にしながら、何も起こらない試合を見続けることとなりましたが、なんとか日本はグループ2位で決勝トーナメントに進出するのです。

2大会ぶりのベスト16進出となった日本でしたが、西野監督の判断については世論が真っ二つに。消極的な戦いの選択を非難する声が上がる一方で、勝ち上がるための最善策という意見もあり、望んでいない形で国民から大きな注目を集めることとなりました。

■「ロストフの14秒」
“あと一歩”がいかに遠い一歩かを思い知らされた日本代表。

形はどうあれ、決勝トーナメントに進出した日本代表。ラウンド16の相手は、エデン・アザール(チェルシー)やゲビン・デ・ブライネ(マンチェスター・シティ)、ティボー・クルトワ(現レアル・マドリー)らを擁する世界有数のタレント集団・ベルギー代表でした。真っ二つに分かれていた世論でしたが、日本初のベスト8進出を懸けた戦い。また、優勝候補にも挙げられるほどの実力こくとの対戦を前に、選手たちは一つになっていました。

難しい戦いになることが予想された試合でしたが、前半を0-0で折り返すと、後半開始早々、見事なカウンターから原口元気(現ハノーファー)のゴールで日本がまさかの先制点を取ります。さらに、52分には乾貴士(現アラベス)の見事なゴールで追加点を奪い2-0とします。今までW杯の決勝トーナメントでは、リードどころか得点をあげたこともなかった日本が、ベルギー相手に2点のリードをしている光景は日本中を高揚させました。

不可能だと思ってきたベスト8が現実味を帯びたと感じた次の瞬間、日本を悲劇が襲いましす。体格でアドバンテージがあるベルギーが、マルアン・フェライニ(現山東魯能)を投入し、パワープレーにシフトすると日本代表は上手く対応出来ず、続けざまに2失点を許し追いつかれてしまいます。

このまま延長戦突入かと思われましたが、後半アディショナルタイムに悲劇が待っていました。後半終了間際、ほぼラストプレーとなった日本はCKから本田がクロスを送ります。すると、ベルギーはクルトワが難なくキャッチ。そこからベルギーが高速カウンターを仕掛けます。そのわずか14秒後、無情にもボールは日本のゴールに決まり、そのまま試合終了。日本のベスト8進出の夢が途絶えてしまいました。

悔しさのあまり地面に倒れ込む日本選手たち。ラウンド16の壁突破まであと一歩のところまで迫りながら、またしても世界との差を感じさせられる結果となってしまいました。

■日本代表は新たな船出へ
新監督、森保一氏の下で急速に世代交代が進んだ。

大方の予想を大きく上回る結果を出したロシアW杯での日本代表。日本を短期間でまとめ上げ、ベスト16に導いた西野監督の続投を望む声もありましたが、大会終了後西野監督は辞任。また、この大会を持って長年代表キャプテンを務めてきた長谷部誠(フランクフルト)やエースとしてチームを引っ張ってきた本田が代表引退を決断します。

日本代表は新監督にU-23代表監督を務めていた森保一氏を招へい。森保JAPANが発足しました。この森保監督の下で、「新ビッグ3」と呼ばれる南野拓実(ザルツブルク)、中島翔哉(アル=ドゥハイル)、堂安律(フローニンヘン)が台頭する等、日本代表の世代交代は急速に進み、日本代表には活気が生まれました。

■日本代表は新たな船出へ
2019年4月30日を持って、その30年の歴史が幕を閉じる「平成」。その歴史とともに日本サッカー30年の軌跡を振り返ってみましたがいかがだったでしょうか。「プロリーグの発足」、「ドーハの悲劇」、「日韓W杯」、そして「ロストフの14秒」…。数々の名場面を生んだ平成という時代に感謝しつつ、これから始まる「令和」の時代に誕生するであろう、まだ見ぬ名場面、名シーンにワクワクしますね!
これからも皆さんにと一緒に日本サッカーを追い続けていきたいと思います。ご精読ありがとうございました。


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