松井玲奈の小説デビュー作『拭っても、拭っても』 衝撃描写と傑出した“文才”

wezzy / 2018年10月21日 0時15分

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 すでに各種メディアが報じているように、元SKE48・乃木坂46のメンバーで女優の松井玲奈が、10月17日発売の「小説すばる」(集英社)2018年11月号に、短編小説『拭っても、拭っても』を書き、小説家デビューを果たした。

 松井玲奈といえば、2008年に「SKE48オープニングメンバーオーディション」に合格し、17歳で芸能界デビュー。その後、まさにこの9月に活動休止からの華麗なる復活を遂げた、現SKE48メンバーの松井珠理奈と共に、“W松井”としてトップアイドルの称号を得ていたことは、ファンならずとも知られた事実。2015年にはSKE48を卒業し、女優の道を選択、2018年1月クールのドラマ『海月姫』(フジテレビ系)に出演するなど、着実に女優としての歩を進めている最中である。

 そんな松井玲奈は、ファンの間では熱心な読書家として知られていた。今号の「小説すばる」発売当日にはSNSを更新し、雑誌を持った写真と共に「まだまだな文章ですが、こうして形になったこと、掲載してもらえることに感謝です」という謙虚なコメントをアップ、小説家デビューという念願が叶ったことを喜びと共に報告している。

あまりにも生々しい喫煙描写

 さて、気になる中身はどうだろうか?

 物語は、語り手の会社員・ゆりが、踵に絆創膏を貼ったままデートをする女性を見かけ、そんな不清潔なことをして、彼氏は気にしないのだろうか……というところから始まる。ゆりは、もし、そのまま体を合わせることとなった場合、男性のほうは不潔だと思って興をそがれてしまわないのか、という細かいことを心配しているのである。そこには、彼女のトラウマがある。それはかつて付き合っていた潔癖性でマザコンの彼氏から植え付けられたものだった……。

 読み進めていくうちに、読者の同情は一気にゆりに傾く。最初は理想的な恋愛が始まりそうな雰囲気を醸し出すが、話はそちらの方向へ行くのではなく、彼氏に一方的に振り回され、ゆりは捨てられてしまうのだ。



 彼氏に振られたショックから、自分の内面を汚すためにゆりは、タバコを吸い始める。このタバコを吸う描写が、新人とは思えないほど巧みなのである。

「煙を吹かして鼻腔で楽しむ。キャラメルの甘い香りと煙の臭いが混ざって頭がクラクラする。肺まで入れる時とは違う背徳感が、立ち上がる煙に反して体をズブズブと沈めていく」

 鉄道好きなどオタク気質の持ち主として知られ、大きなスキャンダルもなく“清純派アイドル”として知られていた松井玲奈が、喫煙者の心情をここまで巧みに描くとは、と、うならせられる生々しい描写。その後、ゆりはトラウマから回復し、新しい一歩を踏み出すことができるのか……。

 結末は「小説すばる」を購入して読んでいただくこととして、少なくとも27歳の現役女優の処女作としては、十二分の出来栄え。確かに、まだ小説のクリシェ(常套句)に逃げてしまう部分も見受けられないではないが、ゆりが物語最後に小さく、それでも前に歩み出す場面などには「救い」が感じられ、恋愛小説としてきちんと成立している。お見事の出来栄えではないだろうか。

岩波書店「文学」に短編アニメ評を執筆

 実は、松井の文芸誌デビューはこれが初ではない。「小説現代」(講談社)2016年10月号から、隔月で書評の連載を持っているのだ。

 そこで取り上げられている小説を見てみると、星野智幸『焔』(新潮社)、彩瀬まる『くちなし』(文藝春秋)、橋爪駿輝『スクロール』(講談社)、宿野かほる『ルビンの壺が割れた』(新潮社)、今村夏子『星の子』(朝日新聞出版)、誉田哲也『あの夏、二人のルカ』(KADOKAWA)、窪美澄『じっと手を見る』(幻冬舎)などとなっている。

 星野智幸『焔』は、この8月に発表された、“純文学賞の最高峰”谷崎潤一郎賞を受賞した作品であるし、今村夏子『星の子』は2017年上半期の芥川賞候補になり話題を呼んだ小説だ。

 通常、タレント、特にアイドルに本を語らせると、恋愛モノやミステリーモノなどに偏りがちだが、どうやら松井玲奈は偽りなき読書家であるらしく、実にバラエティに富んだ選書になっている。しかも、どれも識者の認める話題作であり、今回の「拭っても、拭っても」で見られる筆力は、そうしたジャンルをオーバーした作品たちから培ったものなのだろう。

 また、過去には岩波書店から刊行されている文学系学術誌「文学」2016年3・4月号に、「マイケル・デュドク・ドゥ・ヴィット監督へ感謝をこめて : 『岸辺のふたり』を観て」といったタイトルで、マイケル・デュドク・ドゥ・ヴィット監督の短編アニメーションを論評している。アカデミックな分野でも認められる文学少女であるようだ。

 現在、NHK連続テレビ小説『まんぷく』(月~土曜午前8時)で、安藤サクラ演じるヒロイン福子の親友役で出演している松井玲奈。日刊スポーツ10月17日付けによると、執筆は移動中の新幹線で行ったとのこと。本作『拭っても、拭っても』で、女優だけでなく小説家としての力量も見事に示した彼女。これからの活躍がますます楽しみである。

(文/長瀬 海)

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