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八百屋の夫婦の話【新米ママ歴14年 紫原明子の家族日記 第26話】

Woman.excite / 2017年6月13日 17時0分

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実家を離れてからというもの、優に10回を越える引っ越しをしてきた。

引っ越したくなるときというのは当然ながら、生活を新しくしたいと思うときで、このままここで、より深く根を生やし続けると腐ってしまいそうだな、と思うとき。

私の場合は、それがわりと短いスパンでやってくるということがわかっているので、先回りして、あまり地域に深く根を生やさないように気をつけようと思っているけれど、意に反して、引っ越した先々では必ずといっていいほど誰かしら、私たち家族を見つけて、親戚のようにかわいがってくれる年長者との出会いが訪れる。

13年前、私がまだ20代前半だったころ。それまで家族で住んでいた福岡から、まるで土地勘のない東京に出てきてすぐに知り合ったのは、新しく借りたマンションの向かいで、ちいさな古い八百屋を営む50代の夫婦だった。何度か店で買い物をすると、夫婦はすぐに私の顔を覚えてくれ、近所の病院や幼稚園、学校のことなどを色々と教えてくれた。

そもそもその辺りには若い母という存在がめずらしく、若いし、あかぬけてもいない母というのはもっとめずらしかったので、夫婦の関心を引いたのだろう。ふたりはすぐに、私たち家族にとてもよくしてくれるようになった。

あるとき、夫婦と私たち家族とで、江ノ島へ小旅行に出かけた。今のような梅雨の季節で、江ノ島の紫陽花はきれいだから、と夫婦が強く誘ってくれたのだ。ふたりは前日に、周到にコースを考えてくれていたものの、当日はあいにくの土砂降り。それでもせっかく来たんだからと、傘とレインコートで強引に予定を敢行することとなった。江ノ島駅で江ノ電を降り、歩いて大きな橋を渡る。

東京に越してきたばかりの初々しい家族に江ノ島の絶景を見せてやりたい、と夫婦は思ってくれたのだろうが、現実にそれは大変な苦行だった。気を抜けばすぐにとんでもない方向に駆け出していく3歳のモーの手を引き、生まれたばかりの夢見を抱っこ紐で抱っこして、バケツをひっくり返したような雨の中を、とぼとぼと八百屋の夫婦について歩く。

私たち夫婦だけなら間違いなく駅のホームを出る前に引き返していたところだが、八百屋の夫婦は良かれと思ってやってくれているだけに、何を言うこともできない。私も、そして恐らく当時の夫も、その橋を渡りきった先にあるというしらす丼の名店に、ただ一心に気持ちを集中させていた。そうまでして食べたしらす丼が美味しかったのか、しらす丼を食べた後に何をしたのかなどは、もはや全く覚えていない。小旅行の記憶は、後にも先にも気の遠くなるような橋の上でのひと時で止まっている。


本来、家族向けマンションの向かいに建っている八百屋なんて便利なことこの上ないはずなのだけど、どうしても近くのスーパーを利用する人が多いせいか、その八百屋にはいつ行っても、私以外にお客さんがいなかった。お客さんがいないから、仕入れた野菜も随分長いこと店先に並び続けて、新鮮さを失っていく。またお客さんがいないから、安く売るということもできない。野菜が特に新鮮でもない、安くもない八百屋にお客は余計に寄りつかず、夫婦の八百屋は傍目に見ても、悪循環が生む悲しい状況に陥っていた。

私くらいは何とか支えなければと、最初のうちは頑張って通った。それでも、生活パターンが変わったりして1週間、2週間と店に行かないと、不義理をしているという後ろめたさがしだいに募って、店の前を通るにしても、夫婦の視線を避けるように、つい足早になる。そういうことが続けば続くほど、どんどん行きづらくなって、いつしか夫婦の方も、私とあまり目を合わせてくれなくなって、目が合ったとしても他人に向ける視線と何も変わらないものになって、そうこうするうち気がつくと完全に、その八百屋には行かなくなってまったのだ。

例によってその引っ越してから数年後。何かのきっかけで再びその場所を訪れると、八百屋はきれいに潰れてコインパーキングになっていた。瞬時に、罪悪感が胸いっぱいにこみ上げて、逃げたしたい気持ちになったけれど、「あのコインパーキングは相当儲かってるらしいよ」という地元ママ友の本当か嘘か分からない言葉に、どこか少し救われたような気持ちになった。

30年以上同じ場所に根を張り、八百屋を続けてきた夫婦。その間にはきっと私のような人間が、何十回、何百回と彼らの前を通り過ぎて行ったんだろうと思う。ある日ふいに現れ、すっかり根を張ったかのように見せて、時間とともに少しずつ消えていく、私のような、根を張らない者。期待しては失望して、夫婦はそういうことを、何度となく繰り返してきたんだろう。

今でも、梅雨の時期にはついあの橋の上の大変な小旅行を思い出す。根を張らないにしても、根を張らない者なりの正しい振る舞いというものが本来はあるのだろう。私はずいぶん薄情なことばかりしてきたなと思う。



イラスト:片岡泉
(紫原明子)

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