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過去も現在も抱きしめて、誰かと生きていく【岨手由貴子】

ウートピ / 2021年7月28日 20時0分

「ボク」はこの二人とおかしな夏の時間を過ごしていくのだが、同時にひとりの友人を看取ることになる。仕事仲間であるディレクターの大関だ。愛嬌のある粗雑なキャラクターとして登場する彼は、物語の序盤でステージ4の癌に侵されていることが分かる。

この大関という人物が、とても良いのだ。下品で暴君ぶってはいるが、頭の回転が早く、繊細だ。闘病中にも関わらず「ボク」より生気がみなぎっているし、登場人物の中で唯一、この世界に対する愛情のようなものを持っている。

大関は病気のことをほとんど周りに公表していないが、なぜか「ボク」にだけ打ち明ける。入院中の面倒を頼みたいというのもあるだろうが、必要としているのは精神的な支えだろう。「ボク」は大関と過ごした過去を思い出し、大関は現在の話をする。

「ボク」と大関は軽口を叩きながら、終わりの時が来るのを待つしかない。

永遠に夏が終わらない国で生きていきたい

物語の冒頭、「ボク」は「永遠に夏が終わらない国で生きていきたい」と語っているが、とくに夏を謳歌している様子はない。「永遠に夏が終わらない国」というのは、夏であり続けるのではなく、「終わりが来ない世界」なのかもしれない。何かが終わっても粛々と前に進む人たちの列に交じれないのが「ボク」なのだ。

そして、「ボク」は似た気質も持つ優香の心に踏み込むことができない。もっと言うと、優香の“現在”に触れることができないのだ。「ボク」と優香は親密な時間を過ごすが、二人の距離が近づいたわけではない。お互いが過去に経験した、それに似た時間をリプレイしているだけだ。二人は一緒にいても、別々の過去を生きいている。

だからこそ、物語の終盤で大関から送られてくる写真は感動的だ。病院の屋上で撮ったその写真の「ボク」は、いつもの所在なさげなリミッターを外し、まばゆい夏の刹那を生きている。過去へとこぼれ落ちていく時間のスピードを追い抜いて、現在進行形の時間を生きるのだ。

「ボク」からその笑顔を引き出した明菜も、同じようにリミッターを外している。物分かりのいい子供の役を脱ぎ捨てて、大人の注意を聞きかず、笑い、はしゃぐ。もっと物分かりの悪い子供になって、もっともっと愚にもつかないことをして欲しいと願わずにはいられない。

過去も現在も抱きしめて、誰かと生きていく

こう書いてしまうと、終わることが目に見えている関係性ばかりが描かれているようだが、この物語はちゃんと「誰かと生きていくこと」についても考えさせてくれる。

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