1. トップ
  2. 新着ニュース
  3. ライフ
  4. ライフ総合

お金を払ってまで占いに行くのはなぜ? 私たちは「自分の話なんて迷惑」と思っている

ウートピ / 2021年8月26日 20時0分

インタビューでは、自分は良い聞き手だと思うか、という質問もしました。

すると多くの人は率直に、そうではないと認めました。

ロサンゼルスにある舞台芸術の組織で役員を務める女性は、「もし私が日々関わりのある人たち全員の話を真剣に聞いたら、自分が本当はほとんどの人を嫌いだという現実に向き合わなければならなくなる」と話してくれました。

そしてこんなふうに感じたのは間違いなく、この女性だけではなかったのです。

人の話に耳を傾けられないほど忙しいと言った人や、そんなのは面倒だと言った人もいました。この人たちは、テキスト・メッセージやメールの方が効率的だとも言いました。

メッセージごとに、どれだけ時間をかけるか自分で決められるし、おもしろくないとか嫌だと感じたメッセージは、無視したり削除したりできるからです。

直接会っての会話は、面倒なことが多すぎます。中には、こちらが知りたい以上の話をしてくる人や、どう反応していいかわからない話をしてくる人もいるかもしれません。

デジタルでのやり取りの方が扱いやすい、というわけです。

カフェやレストラン、喫茶店、さらには家庭の食卓で、会話を楽しむよりも自分の携帯電話に見入るという極めて21世紀的なシーンは、こうして生まれます。

もし会話をしていたとしても、私たちは、まるでテーブル・セッティングの一部のように携帯電話をテーブルの上に置き、ナイフやフォークのようにときおり何気なく手に取ります。一緒にいる人たちにはそこまで興味が湧かない―と暗に示しながら。

その結果、私たちは痛烈に孤独を感じます。でも、なぜ孤独を感じるのか、よくわからないのです。

一方で、自分は聞き上手だと言った人もいました。ただし、運転しながら携帯電話越しに―。

たとえば、あるヒューストン在住の法廷弁護士は、ラッシュで渋滞中の車を運転しながら、折り返しの電話をくれました。

「自分はかなり聞き上手だと思うよ」と言うと、こう続けました。「ちょっと待って。別の電話が入った」。正直、あまり説得力を感じませんでした。

それから、話を聞くのは得意だと言ったすぐそばから、まったく関係ない話題に話を変えた人たちもいました。これも、本当に聞くのが得意なのか、首を傾げてしまいます。

思わずニューヨーカー誌にあった挿絵を思い出してしまいました。カクテル・パーティでワインを片手に、とても限られた領域の自分の関心事しか話さない男性を風刺したものでした。

この記事に関連するニュース

トピックスRSS

ランキング