弟を脱ニートに導いた漫画家が語る、見守りの姿勢「ダメな現状より“変化”を見る」

ウートピ / 2016年3月3日 9時20分

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ニートの弟を養う漫画家が語る、見守りの姿勢

「このお金は、私がホントにいろんなことを諦めた末に渡しとるっちゃけんね!」

これは、『実家からニートの弟を引き取りました。』(KADOKAWA)のなかで、25歳の漫画家・沼津マリーさんが、ニートの弟に「コミケに行くから、5万円貸してほしい」と言われ、なけなしのお金を貸したときに発した言葉だ。

沼津さんは21歳にしてインドでのキャバクラ経営を任されるという異例の経歴の持主で、帰国後、その経験を描いた漫画でデビュー。ワンルームアパートにひとりで暮らし、本来ならば自分の生活だけで精一杯のなか、実家から19歳のニートの弟・ポン太郎君を引き取り、自分の稼ぎで養い始める。カラッとした明るさが印象的で、冒頭のエピソードについても、悲壮感なくあっけらかんと話してくれた。

同書は、ポン太郎君を引き取るところから、ニートを卒業し、専門学生になるまでをポップに描いた漫画。なぜ、ポン太郎君はニートを卒業できたのか? 沼津さんは、どのように見守ってきたのか? 本には描き切れなかったエピソードを伺った。

ニートになりたてのときは、ちょっとした休暇だと考えていた

――25歳という若さでニートの弟を引き取るのは、相当な覚悟が必要だったのではないでしょうか。提案したのは沼津さんからですか?

沼津マリーさん(以下、沼津):はい。引き取った当時、ポン太郎は既に2年くらいニート生活をしていて、このまま実家にいても、もうどうにもならないぞと思いまして。母はポン太郎を予備校の寮に入れようとしたり、海外留学させようとしたりしたんですが、本人にその気がないので、なかなかうまくいきませんでした。また、ポン太郎は父とは喧嘩ばかりで、母はいっそ離婚してふたり暮らしをしようかとも考えていたようです。そこで、私の初めての親孝行として、また環境によって人間変わることもあるんじゃないかと、提案してみたんです。

実は、その前にも一緒に暮らそうと誘ったことはあったんですよ。ポン太郎が15歳で高校を中退したとき、私は21歳で、インドのキャバクラ経営を任されていたので、「インドに来たら?」と(笑)。ポン太郎が高校中退したばかりの頃は、「ちょっとした休暇だろう」くらいに考えていたので、2、3ヶ月インドで暮らして、価値観を変われば社会復帰するでしょ、みたいな。でも、そのときは断られちゃったんですけどね。

東京でのふたり暮らしを誘ったときは、微妙な反応

――インドは嫌だったんですね(笑)。東京で暮らそう、と誘ったときはどんな反応でしたか?

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