「出来の悪い係長だった」村木厚子さんが“仕事の階段”を上がって見えたこと

ウートピ / 2018年9月19日 21時1分

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村木厚子さんがどんなことがあっても働き続けた理由

2009年に起きた郵政不正事件で検察による冤罪に巻き込まれながらも、その後、官僚のトップである厚生労働事務次官まで務め上げた村木厚子(むらき・あつこ)さん(63)が8月に『日本型組織の病を考える』(角川新書)を上梓しました。

2015年に、37年間務めた厚生労働省を退官した村木さんが、改めて冤罪事件を振り返るとともに、公文書改ざん問題やセクハラ事件など昨今の不祥事を重ね合わせて「日本型組織の病」について考えた内容です。

同書では、「ずっと仕事をし続けていきたい」と思っていた村木さんの原点や、女性が圧倒的に少ない職場でどのような思いを抱きながら働いてきたかもつづられています。

大学卒業後、国家公務員となり当時の労働省に入省。日本初のセクハラ研究会を作り、男女雇用機会均等法をいかに根付かせるかなど、「女性政策」に取り組んできた村木さん。女性たちが働きやすくなるためのレールを敷いてくれた“先輩”でもある村木さんに4回にわたってお話を伺いました。

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最後に「いい顔」をしていたいから

——「厳しくてもやりたい仕事、頑張れる仕事をしておいたほうがよい」と書いていらっしゃいました。村木さん自身も「どんなことがあっても働き続けたい」ということで公務員を目指されたとのことですが、そのあたりから伺いたいです。

村木:日本の会社はこれからどんどん変わっていくと思うんですが、今は学校を卒業して会社に入って、その会社の中でキャリアを作っていくという積み上げ型ですよね。だからやっぱり、積み上げるところから下りないほうが、自分がやってきたことや努力というのが次へつながっていくから、簡単には会社をやめないほうがよいかなと思うんです。

もうひとつは、私はすごく単純で、最後にいい顔をしていたいなと思うんですね。

——「いい顔」ですか?

村木:はい。例えば、若いときに職場の先輩を見て、「素敵だな」と思う人と「なんだかくたびれてるな」と思う人、なんて言うのかな、人相がよくなる人と人相が悪くなる人っているんですよね。

単純に偉くなるとかではないのですが、私が「ああいう人になりたいな」って思う人って、仕事を一生懸命やっていたんですよ。それで、もしかしたら仕事を一生懸命にやったほうが人相がよくなるのかも、というか楽しそうにしている。生き生きしていているなと思う人は、仕事を一生懸命やっている人だなと思ったんです。

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