“世界的報道写真展”で日本人初の最高賞を受賞! 30歳女性フォトジャーナリストの原動力とは

ウートピ / 2014年8月10日 12時0分

写真

日本人初受賞!30歳女性写真家の原動力

昨年9月、第25回目となる世界最大規模のフォトジャーナリズムの祭典「ビザ・プール・リマージュ」がフランスで開催された。約3,000人の写真家や編集者が集まるなか、多くの人の心を揺さぶったのが「キルギスの誘拐結婚」。泣き叫ぶ女性を無理矢理誘拐し、男性の家に連れて行く。さらに、近所の老人たちが女性を説得しに訪れる……現代社会では考えられないような、衝撃的な慣習の一部始終を捉えた写真である。

この写真は、同祭典において報道写真企画部門の最高賞「ビザ・ドール(金賞)」を受賞した。この日本人初となる快挙を成し遂げたのが、東京在住のフリーランスフォトジャーナリスト・林典子さん、当時29歳。「顔に硫酸をかけられたパキスタンの少女」や「リベリアの内戦後に生きる子供」など、世界に潜む不条理な事態に直面している人々の姿を追い続けている林さん。世界を舞台に活躍している彼女の仕事観、等身大の姿に迫った。

アメリカ留学時代にガンビアの新聞社で働き始めた

――フォトジャーナリストを目指すことになったきっかけを教えて下さい。

林典子さん(以下、林):学生時代は国際政治や紛争学を学んでいたこともあって、将来はNGOなどに就職して、現場で支援活動を行いたいと思っていました。私はアメリカの大学に留学していたのですが、専攻していた授業の研修で、大学3年生のときにガンビアというアフリカの小さな国を訪れる機会がありました。期間は約2週間だったのですが、せっかくアフリカまで来たので、もう少し将来につながる実践的な活動がしたいと思い、私は残って小学校でボランティアをすることに決めました。

ボランティアだけでは時間が余ってしまうので、ほかにもガンビアという国を知るために何かできないものか、と考えた時に新聞社で働けないかなと思い、飛び込みで「何か仕事ありませんか?」と訪ねていきました。それから、編集長に会わせてもらって、色々頼み込み少しずつ仕事を任せてもらえるようになりました。

――当時、その新聞社には林さんの他にも日本人は働いていたのでしょうか?

:いいえ、私だけですね。西アフリカのなかで、シエラレオネ人やナイジェリア人はいましたが、ヨーロッパやアジアから来て働いている人はいませんでしたね。

――新聞社ではどういった仕事をされていたのでしょうか?

林:パソコンに打ち込む仕事を手伝ったり、カメラを持っていたので、インタビューの対象者やサッカーなどスポーツの写真を撮ったりというように、記者と行動をともにしていました。

大学卒業後、就職活動はせず、フォトジャーナリストに

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