起業は褒められて「みんなのため」が冷笑されるのはなぜ?【富永京子×上野千鶴子】

ウートピ / 2019年7月9日 21時0分

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社会学者の富永京子さんがこのたび上梓した『みんなの「わがまま」入門』(左右社)。

校則や仕事のルールから社会や政治まで、なんだかモヤモヤすることがあるけれど、文句を言うのは「怖い人」って思われそうだし、恥ずかしい。そんな世の中の“空気”を考察し、身近な「わがまま」と社会をゆるやかにつなげるための方法を説いた本です。

それにしても、「わがまま」って何? 世の中への不満を訴えることが「わがまま」なの?――この本を読んで、そう疑問を覚える人も多いはず。著者の富永さんと、東京大学の入学式祝辞も話題になった女性学のパイオニアである上野千鶴子さんのトークイベント(東京・青山ブックセンター)でも、上野さんが舌鋒鋭く、その疑問に切り込む場面が見られました。

社会運動を研究しながらも自身は社会運動をしないスタンスの富永さんと、かつて学生運動に参加し、その闘争の中で「おにぎりを握る」など女としての役割を強いられたことに傷ついた“私怨”からフェミニストになったと言う上野さん。

「社会運動はわがままか?」に対する二人の認識の隔たりから、社会運動に対する世の中の空気の変化と、現在の忖度社会の深刻さ、女性たちにかけられた“呪い”の深さが浮き彫りになりました。対談の内容を抜粋し、4回に分けてお届けします。

声を上げるのはクレーマー? 冷笑されるフシギ

上野千鶴子さん(以下、上野):社会運動への参加を勧める本のタイトルが『みんなの「わがまま」入門』だということに、深く衝撃を受けました。

富永京子さん(以下、富永):社会運動の意義を唱えても、「クレーマーじゃん」とか「わがままじゃん」みたいなことを言われるし、私自身もそう思ってないわけじゃないんですよね。社会運動に対する、ある種の“冷笑”教育のおかげかどうか分かりませんが。

そういう危機感から、社会運動の意義を、改めて訴えかける必要があるのではないかという気持ちがありました。

上野:そういうふうに空気が変わっちゃったんだね……というショックがある。その冷笑教育って、誰から受けましたか?

富永:誰からというのは難しいですね。

上野:親?

富永:親は大きいと思います。いわゆる「全共闘世代」の少し下ですから、あさま山荘事件の報道なども見ていて、それで社会運動に対する忌避感がすごくある。

ただ、親だけではないし、もちろん学校の先生はどちらかというとリベラルな人が今でも多いかと思いますが、何でしょうね……難しいなあ。メディア?……でも、メディアはそもそも社会運動を報道しないですからね。

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